今回は
アイルランドの詩人
ウィリアム・バトラー・イェィツ(1865-1939)が
アイルランドの民間伝承を拾い集め、編纂した
という本をご紹介いたします。
ケルト(Celt)というのは
紀元前5世紀ごろからヨーロッパの中西部で繫栄していたものの
その後
紀元前1世紀ごろまでにローマの支配下に入り
ゲルマン民族に圧迫され、衰退してしまった
ヨーロッパの先住民族のことを言います。
現在もなお
フランスのブルゴーニュ地方や
アイルランド、スコットランド、ウェールズ(イギリス)などの地方に
その文化が伝承されています。
私にとってケルトと言えば……
アイルランドの歌手
エンヤ(Enya)のイメージなんですよねえ……。
なので
今、この記事はエンヤの曲を聴きながら書いております。(^_^)
霧に白く煙る大自然の風景を思わせるような、神秘的な雰囲気。素敵ですねえ……。
♪こちらはエンヤの「Orinoco Flow」
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この本の中では
アイルランドに伝わる様々な妖精たちが紹介されています。
イェィツが巻末の附録で解説するところによると
妖精には
・仲間と一緒にいる者
・一人でいる者
と
大別して二種類のものがいるそうです。
それでは以下に
この二グループに大別された妖精たちを
簡単にご紹介していきましょう。
《仲間と一緒にいる妖精たち》
シーオーク(Sheoques)
陸に住む妖精。
本来は神聖な茨の茂みや「ラース」(円形土塁)と呼ばれる昔の要塞などの遺跡に出没する、霊的な存在です。
ところが
時々、人間の子供を盗み、皺くちゃで性格の悪い妖精を代わりに置いていく……なんて困った悪戯をする時もあるそうですよ。
メロウ(Merrow)
水中に住む、人魚のような存在。
コホリン・ドゥリューという魔法の赤い帽子を被っています。
(これがないと水中で生きられない)
男のメロウは緑の歯、緑の髪を持ち、豚のような目、赤い鼻をしているんだそうです。(^^;)
一方、女のメロウは美人です。
なので
女メロウは男メロウよりも、イケメンな人間漁師の方を好きになっちゃう事があるそうですよ。
《一人でいる妖精たち》
レプラホーン(Lepracaun)
靴職人の妖精です。
垣根の先に腰掛けて靴を直している姿がよく見かけられるそうです。
けちん坊で大金持ちなので、つかまえると大金の入った壺をゲットすることが出来るそうですよ。(可哀想……)
3月17日に行われている
セント・パトリックデー(St. Patrick's Day)という、キリスト教の聖人を祀るお祭りの日に
マスコットキャラクター的によく使われているのが、このレプラホーンです。
クルラホーン(Cluricaun)
レプラホーンの別名です。
夜になって靴づくりをやめ、酒を飲んで浮かれ騒ぐとき
レプラホーン達はこの名で呼ばれるそうです。
ガンコナー(Ganconer)
怠け者で女たらしな妖精。
パイプを口にしながら物寂しい谷間などに現われ
羊飼いの娘や乳しぼりの娘に言い寄ります。
ファー・ジャルグ(Far Darrig)
赤い服を着た男の妖精。
たちの悪い悪戯者で、悪魔を見せる力があるそうです。
プーカ(Pooka)
馬、牡牛、山羊、ワシ、ロバなどの姿
また、時には白い羊毛の塊などになって現れます。
自分に乗ってくれる相手 ── 特に酔っ払いなんかが大好きです。
(最終的に放り落とすイタズラのターゲットとして)
デュラハン(Dullahan)
首が無い、薄気味悪い妖精です。
(首を抱えている事もある)
首なし馬に引かせた黒い馬車を走らせています。
この馬車が戸口に止まった家には、死人が出るそうです。
(縁起悪!)
家の人がドアを開けると
盥いっぱいの血を顔に浴びせかけてくるそうです。
(気持ち悪!)
リャナン・シー(Leanhaun shee)
人間の男の愛を求めるという悪女の妖精です。
男が拒んでいる間は、まるで奴隷のようにかしずいてくるのですが
一旦、受け入れられるやいなや
男の生命力を吸い取り
すっかり弱らせてしまいます。
ファー・ゴルタ(Far Gorta)
やせ衰えた姿の妖精。
飢饉のときに国中を物乞いしながら歩き回り
施しをしてくれた人には幸運をもたらしてくれるそうです。
バンシー(Banshee)
善良な女の妖精。
由緒ある家から死人が出た時に、その死を悲しんで泣くと言います。
──── こう見てみると
妖精と言うよりは
妖怪と言った方がイメージに近いような気もするのですが……。(^^;)
(中には不審者としか言いようのないのもいるし……)
色々な妖精がいるもんですねぇ……。
この本には
彼らに遭遇した人達のエピソードが
「語り伝えられてきた話」としていくつも収録されているのですが
その中に、日本の昔話とソックリなものがあって
「え、なにこれ!?」
と
ちょっとビックリしてしまいましたので
以下にご紹介させていただきます。(^_^)
「ノックグラフトンの伝説」
昔、ガルティー山脈のふもとにあるアッハロウという谷合に、藁やイグサで帽子や籠を作っている、ラズモアという男がおりました。
彼は、たいへん純粋で善良な性格だったのですが、可哀想なことに、生まれつき背中に大きな大きな瘤を負っていて、
そのために大変な苦労をしておりました。
ある晩のこと。
町に行って帽子や籠を売ってきたラズモアは、帰り道、瘤の重みで歩き疲れてしまい、ノックグラフトンのところで腰をおろして一休みしていると……
「♬月曜、火曜日、月曜、火曜日、月曜、火曜日……」
大勢の人々が楽し気に歌う声が、古墳の中から聞こえてくるではありませんか。
「♬月曜、火曜日、月曜、火曜日、月曜、火曜日……」
同じ旋律が何度も何度も繰り返されていたので
ラズモアは「月曜、火曜日」の後に途切れた合間に、同じ調子で
「♬それまた水曜日」
と後を付けて歌ってみました。
さらに、古墳の中から聞こえる歌声に合わせ
「♬月曜、火曜日……」と歌い続け
そしてまた途切れた所で
「♬それまた水曜日」と歌って、この歌をしめました。
彼の絶妙なアレンジに、歌を歌っていたノックグラフトンの妖精たちは大喜び。
彼らはラズモアを古墳の中に招きいれ、丁重に温かくもてなしました。
そして、妖精たちは不思議な魔力を発揮して、長年の苦労の元だった背中の瘤を取ってくれました。
その上、彼らが手作りしたと思われる、一そろいの真新しい服までプレゼントしてくれたのです。
瘤が取れ、幸せになったラズモアの所に
ある日のこと
一人のおばあさんが訪ねて来ました。
「私の茶飲み友達の一人息子が、以前のおまえさんと同じように瘤で悩まされているんですよ。ラズモアさん、どうか瘤の取れたいきさつを教えてくださいな」
親切なラズモアは、おばあさんに妖精に瘤を取ってもらったいきさつを、こと細かに教えてあげました。
その後
おばあさんと、その茶飲み友達は、瘤のある息子を車に乗せ、田舎からはるばるノックグラフトンまで運んで行き、古墳のすそに息子を置いていきました。
息子────名はジャック・マドンと言います。
残念ながら、彼は生まれつきちょっと気難しく、小ズルい性格をしておりました。
ほどなくして
古墳の中から楽し気な歌声が聞こえてきました。
「♬月曜、火曜日、月曜、火曜日、月曜、火曜日、それまた水曜日」
歌声は繰り返し繰り返し、休みなく続いています。
俺はとっとと
瘤を取ってもらいてぇんだよ!
気が急いていたジャック・マドン、
妖精たちの歌調子に合わせよう、などとは一切考えず、藪から棒に
「それまた水曜日!それまた木曜日!」
と、大声でがなり立てました。
──ラズモアってやつは一日付け足して喜ばれたそうじゃないか。
──そんなら、水曜、木曜と二日足せばもっと喜ぶんじゃねえか?
──やつが新調の服を一そろい貰ったんなら、……ぐへへへ、……こちとら二そろい貰えちまうかも?
ジャック・マドンの心の中にはそんな計算があったのですが
空気を読まずに汚い声でがなり立て、楽しい雰囲気を台無しにした彼に、妖精たちはカンカンになって怒り出してしまいました。
「俺たちの歌を台無しにしたやつは誰だ!」
ジャック・マドンはたちまち古墳の中に引っ張り込まれ
怒り狂った妖精たちに取り囲まれてしまいました。
「よくも、よくも歌を台無しにしてくれたな、おまえはこれから一生悲しい思いをするがいい。そら、もう一つ瘤をくれてやるぞ!」
妖精たちは大きな大きなラズモアの瘤を運んでくると、ジャックの瘤の上にペタンとくっつけ、彼を古墳の外へと放り出してしまいました。
かわいそうなジャック・マドン……。
彼はそれからほどなくして、瘤の重みと長旅のせいで死んでしまったということです。
彼は死ぬ間際に、こんなふうに言っていたそうです。
「また妖精の歌を聴きに行こうなんていうヤツは、くたばっちまえ!」
(完)
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これ
日本の「瘤取り爺さん」のお話にソックリじゃないですか?
遠く離れたアイルランドと日本とで、こんなに似たような昔話があるなんて、なんだか不思議ですよね……。
このお話以外にも
岸辺で美しいメロウ(人魚)がコホリン・ドゥリュー(水中で生きるために必要な赤い帽子)を脱いで髪をとかしていた所
彼女を見初めた人間の青年が、コホリン・ドゥリューを取り上げてしまい、仕方なく彼女は彼と夫婦になりました。
二人は仲睦まじく暮らし、子供も生まれ、幸せな毎日を送っていたのですが、ある日、妻が隠されていたコホリン・ドゥリューを発見してしまいました。
妻(メロウ)は、夫や子供を心から愛していたのですが、海の中に帰って行ってしまい、二度と戻ってくることはありませんでした……。
────という話があったんですが
(タイトルは「ゴルラスの夫人」)
これなんかも
メロウ=天女
コホリン・ドゥリュー=羽衣
に置き換えてみると
日本の昔話にそっくりですよね!
妖精という存在自体、神秘的でロマンティックなんですけれど
遠く離れた日本とアイルランドで
こんなに似通った伝説が語り伝えられている、っていうのも不思議な話ですよね……。
19世紀の終わりごろに採集された伝承から成る本書
「ケルト妖精物語」
その地に暮らしていた素朴な人々や、自然の息吹が感じられるようで
アイルランド版の「遠野物語」──みたいな趣がありました。
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こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。