TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

青春小説「橋を吹く風」中編~『幼なじみ』

橋を吹く風 中編

隅田川純情物語 

 

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 翌週の日曜日。

 康之は人通りの少ない路地を自転車で走っていた。

 自転車の前籠には小さなプラスチック水槽が入っていて、石亀の子供が黒い潤んだような目で青空を眺めている。中学一年の時からの友達で、去年川を挟んだ向こう側に越していった高田から貰ったのだ。

「石亀の子供が増えすぎちゃってさあー、市チャン、貰ってくんない?」

 どこか空気が抜けているような声で、高田が電話してきたのは昨夜の事だった。

「ねぇー貰ってよー。カーワイイよー、まじで。明日、見るだけでもいいからうちに来てよ」

 高田の趣味は、魚や亀を飼ってふやすことである。

「しょうがねぇな、見るだけだからな」

 そう言って電話を切ったものの、実際に彼の家に行き、亀の子供を見てしまうと、ミドリガメとはまた違った地味な色合いや、名前の通りに石ころを思わせる姿、潤みがちの真っ黒な目が何とも可愛らしくて、つい一匹貰い受けてしまったのである。

 柳並木の川沿いの道路に出て、間もなく橋に差し掛かった。

 さすがに休日とはいえ、国道は車通りも多い。彼はママチャリの速度を落として歩道に乗った。

 そこで、真弓に会ってしまった。

 サラサラとした長い黒髪と、すらりとした細身の後ろ姿に、もしかしたら彼女なのではないかと思っていたが、擦れ違い様に彼を見て、彼女が咄嗟に驚いたような顔をしたので、康之も急には言葉が出なかった。

「こんにちは……」

 真弓が掠れた声でそう言ったので、彼もぎこちなく頭を下げた。

「こ、こんにちは……」

 そして思わず片足を地面につくと、彼女が手に提げている大きな紙袋を見て訊ねた。

「買い物?」

 真弓は川風に舞い上がる髪の毛を押さえながら頷いた。

「ローファー、買ってきたの」

「へえ」

 左手の鉄橋を、黄色い電車が横切っていく。康之は自転車から降り、水槽を前籠から取り出すと、彼女の紙袋を指して言った。

「ここに入れなよ」

 真弓は嬉しそうに微笑み、紙袋を籠に入れた。

「有難う。これ、なに?」

「カメ」

 康之は答えながらその水槽を紙袋の上に置き、手で押さえた。

「え?」

「カメの子。高田に貰ったんだ」

「ああ高田君。あの人、カメとか魚とかいっぱい飼ってたもんね」

「よっぽど好きなんだな」

 彼はそう言って水槽に目を落とすと、

「サカナみてぇな顔してるからな。仲間みてぇな気がしてんじゃねぇか?」

 真顔で呟いた。

 真弓が隣で口元を押さえながら笑いだす。少し驚いたような顔で彼女の方を見た康之は、彼女が笑いながら肩を震わせているのが、何となく嬉しいような気がした。

 広い歩道を、二人は並んで歩く。

 大きな橋の下を、何本もの丸太を曳いた船がゆるゆると通り過ぎてゆく。深緑色の水面に冬の青空が映り、船の通り過ぎた後には、幾筋もの波のひだが揺らめいている。

 幼い頃には、近所の友達も交えて一緒にこの橋を渡ったことが何べんもあった。

 小学生の頃の真弓は今よりももっとやせっぽちで、髪をいつも上の方で二つに縛っていた。

二人きりでいるときには優しいのに、他に誰かがいるとなると妙につっけんどんで、何を考えているのかよくわからなかった。

「あたしね、去年、康之君の学校の文化祭に……」

 彼女がそう言いかけた時、自転車に乗った小学生の一団がベルをチリンチリン鳴らしながら横を通り抜け、欄干よりに自転車を寄せた康之の手に、彼女の柔らかい手が不意に触れた。

 康之が息を飲んだのがわかったのだろうか、彼女は驚いたようにパッと手を離した。

 オレンジ色のクレーン車が、舗装された川の堤で長い首をゆっくりと動かしている。

 生暖かい排気を匂わせながら、二人の横を大きなトラックが通り抜けていった。

 

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 埃っぽい空気と川の匂いに、思い出がよみがえる。

 あれは小学五年生の時の事…………

「康之のやつ、宮坂とデキてんだぜ!」

 いつもは仲良く遊んでいる仲間たちが、この時はどうしてそうなったのか、校庭の鉄棒にぶら下がりながら、彼を仲間外れにして冷やかし始めた。

「アッチッチー、康之と真弓はアッチッチー!」

 無性に悔しくなった康之は、持っていた手提げ袋を、力いっぱい彼らに投げつけた。

「ふざけたこと言うんじゃねえ!」

 真弓はブランコに腰掛けて泣いていた。

 彼女の友達が二人、彼女をかばっていた。そのうちの一人の女の子が、少年たちに向かって怒ったような大声で言った。

「真弓ちゃんが市川なんか好きなわけないじゃない。バーカ!」

 

 

 橋を渡り切り、二人は黙ったまま路地を曲がった。

「この間は……」

 蕎麦屋の曲がり角で、足を止めた康之が口を開いた。

「蜜柑、ありがとう」

 そう言って、彼女の紙袋を手渡す。真弓はそれを受け取ると、うつむいたまま、

「どういたしまして」

 少しはにかみながら微笑んだ。そして、

「あたしね、本当は康之君と同じ高校に行きたかった」

 そう言うと、手を振って小走りに少し先の塀の中に入っていった。

「…………」

 康之は目を丸くしたまま、暫くその場に立ち尽くしていた。

 

 頬が熱いような気がする。 

 玄関先で黙ったまま靴差を脱ぎ、水槽を抱えて二階に行こうとすると、茶の間から母の怒鳴り声がした。

「康之っ! ただいま位言ったらどうなんだいっ!」

「ただいま」

 彼は茶の間に顔を出してぶっきらぼうに言った。

「おう、康之」

 母と共に炬燵に入りながら、村上が笑っている。

「村上さん、休みの日にまでうちに来て何してんの」

「テレビ見ながら蜜柑食ってんだよ。お前もこっち来て蜜柑食えよ」

 村上はそう言いながら手招きをする。康之は茶の間に入ると、水槽を脇に置いて炬燵に入った。

「父さんたらね、何思いついたんだか、休みだって言うのに村上君呼び出して、それでいて床屋に行ったっきり、なかなか戻ってこないんだよ」

 母はそう言うとため息をついた。村上は、あはは、と陽気に笑う。

「どうせ暇だったし、全然かまいませんよ。それより康之、なんだそれ?」

「カメだよ」

「へーえ……」

 村上は彼の顔を不思議そうに見つめながら訊ねた。

「おまえ何、顔、赤くしてんだ?」

「赤い?……そうかな」

 康之はそう言いながら右手で頬を撫でる。村上は母と目配せしながら頷いた。

「うん」

「……風邪かもしれねぇな」

 康之は二人から目を逸らすと、再び水槽を抱えて炬燵から抜けた。

「うつしちゃうと大変だから……」そう言いながら立ち上がり、

「おれ、もう、あっち行くわ」

 と、茶の間を出ていった。

 どことなく、ぼう……とした足取りの彼を見送りながら、村上が呟いた。

「変な野郎だな」

 康之は洗面所でバシャバシャと顔を洗っていた。

 別れしなに真弓の言った言葉が頭から離れない。

 ……あたし、本当は康之君と同じ高校に行きたかった。

 あれは一体なんだったのだろう。真弓の方がよっぼど偏差値の高い学校に行ってるじやないか……。

 胸の鼓動がおさまらない。

 それから二週間以上も、真弓は彼の家にも工場にも顔を出さなかった。

 

 

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「おれ……昨夜考えたんだけどさあ……」

 大久保が、すっかり沈み込んだ声で言う。

「相手がこっちに対して、少しでも気がある場合には、わざと素っ気なくするっていう作戦も効果アリかもしんないけど、……まるっきり好きじゃない場合には…………何の効果も…………無いんじゃないか……と……」

 冴えわたる冬の青空を、飛行機雲がゆっくりと横切っていく。

 昼休みの時間、一年九組の大久保、康之、羽田、正丸、本多の五人は、三階の渡り廊下に出て、日向ぼっこをしていた。

「だから、もうあんな女やめちゃえって言ってんだよ」

 漫画雑誌に目を落としながら、正丸がうんざりしたように言う。

「もっと可愛いのがいっぱいいるだろ。……お前ねー、今のままじゃはっきり言って成功する見込みなんかゼロだからね」

「やっぱり、そう思う……?」

 大久保はがっくりうなだれてため息をついた。

 他の連中は腕を組んだり、膝を抱えたりしたまま押し黙っている。

「…………」

 昼休みのざわめきが、風に乗って拭きぬけていく。

 やがて本多が口を開いた。

「まだ結論を出すには早すぎるって」

 彼は大久保の肩に手を置いて、ポンポンと叩きながら言った。

「部活の方でも調子いいらしいし、暫く彼女の事は考えないで、走る事だけをひたすら考えていればいいんじやないかな。大久保がそこでどんどん目立てばさ、彼女だってちょっとは見直すかもしれないよ」

「……そう?」

 弱々しく訊ねる大久保に、本多は微笑みながら頷いた。

「そうだよ」

 大久保の顔が、パッと明るくなった。

 その時、三階の教室の窓から、クラスの女子生徒たちがこちらに向かって呼びかけてきた。

「ホンダくーん!」

 一同が立ち上がり、そちらに目を向けると、中の一人がスマートフォンを構えている。本多が照れながらも片手をあげて見せると、たちまち黄色い歓声が沸き起こった。

「キャーッ!」

「カワイイーッ!」

 大久保は再びがっくりとしゃがみ込み、大きくため息をついた。羽田が彼の腕を叩く。

「確かに、本多とおまえとじゃ立場が違い過ぎるかもしれないけど、だけど……」

 彼は少し息を吸い込んで、語気を強めた。

「本多の言う通りだよ」

 落ち込んでいる大久保の腕を叩きながら話す羽田の声は、力強く、優しかった。

「大丈夫だよ。堂々として、自信を持てよ」

 真昼の太陽が、白いコンクリートに彼らの影を落としている。

 友人たちが大久保を励ますのを、康之は終始無言のまま見守っていた。

 

 

           後編に続く    

 

 

 

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橋を吹く風・後編

todawara.hatenablog.com

 

 

 

 

 

こちらは私の長編小説になります。よろしくお願いいたします。

 

飛行機好き、空港好きな方に特におススメ!

そうでない方もぜひどうぞ\(^o^)/

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台風スウェル

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