「遠野物語」に収めきれなかった話などをまとめて
昭和10年(1935)
その続編のような形で出版されたのが
「遠野物語拾遺」です。
伝承の収集に多大な貢献をしてくれていた
協力者の佐々木喜善は
その2年前
1933年に46歳の若さで病没してしまっていました。
「遠野物語」に収録されているエピソードは全部で119あるのですが
「遠野物語拾遺」の方にはその倍以上
実に299もの話が
すべて口語体で記載されています。
その中に
私の大好きな
ニャンコさんにまつわる話
がありましたので
今回はそれをご紹介いたします。
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「遠野物語拾遺」第174話
「芸達者な猫」
これは遠野の
是川右平という人の家であった話である。
ある冬の晩
主人は子供を連れて櫓下の芝居を見に出かけていて
夫人だけが一人残って
炉端で縫物をしていた。
その時
側にいた虎猫が
突然人声で話しかけて来た。
「奥様、お退屈でしょう。今ごろ旦那様たちが聴いておられるような浄瑠璃を、おらが語って聞かせてあげましょう」
虎猫はそう言うと
声高らかに浄瑠璃をひとくさり
語って聴かせたのだった。
その後猫は
「この事は内緒にしておいてくださいね。絶対に誰にも喋っちゃ駄目ですよ」
と念を押し
主人たちが帰ってきた時には
何食わぬ顔をして居眠りをしておったという。
ところで。
成就院という寺の和尚は
是川氏の囲碁友達であった。
ある時
和尚が屋敷にやって来て
世間話をしている時
主人の側で居眠りをしている虎猫を見て
「あや、この猫だ」
と言った。
「この猫がどうしたんです?」
「いやね、先だっての月夜の晩
おらんとこの庭に狐が一匹来たんだども
そいつがしきりに踊りを踊りながら
『う~ん、どうしても、虎子どのが来てくれなけりゃ踊りにならぬ』
と独り言を言っとったんじゃ。
するとそこへ
赤い手拭いを被った虎猫がやって来て
狐と一緒に踊ったんだども
しまいにゃ二匹は
『今夜はどうも調子がなじまぬ。これで止めにすべ』
と言ってどこかさ行っちまったのよ。
そん時の猫は、確かにこの虎猫だった」
その夜
和尚が帰った後で
奥様は
「実は……」
と、先夜の浄瑠璃の話を主人に打ち明けた。
翌朝
いつまでたっても奥様は寝床から起きてこなかった。
不審に思った主人が布団をめくって見てみると
奥様は
喉笛を噛み切られて死んでいたという……。
その時から
虎猫はどこかへ姿を消し
二度と返ってくることは
なかったそうだ。
これは今から
八十年余りも前の話である。
(おわり)
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ぎゃぁぁぁーーー!!
それまでの
ほのぼのファンタジームードが一挙に吹き飛んでしまう
ラストに来ての
いきなりなスプラッター展開でしたね。
約束を破って秘密をばらしてしまった奥様には、確かに落ち度はあるかも知れないけど
それにしても
虎子キレ過ぎ!!
和尚の前では狐と一緒になって
平気で喋ったり踊ったりしてたくせに
奥様に対してのこの酷い切れ方は
一体なんなんでしょうね。
もしかしたら
虎子にとっては
喋ったり芸をしたりする事が出来る
ということが
人間にばれてしまった
という事そのものよりも
誰よりも大好きで
一番信頼していた奥様に
裏切られてしまった
という
悲しみの方が大きかったのかもしれませんね……。
それにしても虎子よ
それやり過ぎだよ!!
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