今回は
ドイツ人のノーベル文学賞作家
トーマス・マン(1875-1955)による1912年発表の作品
「ヴェニスに死す」
の感想を書かせていただきます。
※ネタバレあり。
1971年に映画化もされているこの物語 ────
その内容はといいますと
地位も名誉もある主人公
初老の作家
アッシェンバッハが
ふと旅心に誘われて赴いたイタリア
ヴェニスの地で
家族と共に保養に来ていた14歳くらいのポーランド人
美少年タッジオにすっかり魅了されてしまい
街中に疫病コレラがジワジワと密かに蔓延しつつある中
あえて避難をすることなく滞在を続け
ついには
コレラに罹って死んでしまう。
──── という
そんなお話となっております。
原題は
「Der Tod in Veneding」
直訳すると
「ヴェニスにおける死」
──── ということで
題名からしてすでに
結末をネタバレしている
ような感じなのですが
この小説の面白さは
話の筋だけにあるわけではなく
主人公の揺れる気持ちとか行動とか
ヴェニスという街が持つ
美と醜の入り混じった不思議な魅力とか
神話の世界と現実とが行ったり来たりするイメージ
などにあると思うので
たとえ、あらすじが結末までわかってしまったとしても
読書の楽しみとしてマイナスになってしまうことは
多分、それほど無いんじゃないかなと思います。
ところで
先ほど私がご紹介しました簡単なあらすじだけから見ますと
美少年タッジオは
余程の魔性の持ち主で
アッシェンバッハとの間に、さぞさぞ
濃厚な関わりがあるかのように想像されるかと思いますが
実はタッジオ君
その美貌こそ
ギリシャ神話に出て来るヒュアキントス(太陽神アポロンに愛され、死後ヒヤシンスの花と化した美少年)さながらですけれども
母親と女性家庭教師、そして三人の姉たちと一緒にヴェニスにやってきて
たまたま主人公が投宿しているホテルに滞在しているだけ、という
ごく普通の少年なんです。
そして
彼は物語中で
主人公と直接関わり合う事はありません。
この物語は
タッジオ君の完璧すぎる美しさ可愛らしさ(100%外見のみ)に骨の髄までメロメロに魅了されてしまった芸術家アッシェンバッハが
彼から怪しまれないように、嫌われないようにと用心して
遠巻きにそーっと見つめながら
恋しさに激しく
身悶えする様子
というのがメインになっています。
一応、不審者だと思われないように
ものすごく気を使ってはいるのですが
アッシェンバッハはタッジオ恋しさのあまり
次第に制御が効かなくなってきてしまい
ストーカーみたいに彼の後をつけまくるため
しまいには何となく
タッジオの家族たちや家庭教師から警戒されている様子…………
テラスの奥のほうには、タッジオをまもる婦人たちが坐っていたのだが、恋に溺れた男は、注目をひいて疑いをかけられたかも知れぬ、と心配せずにいられないまでになっていた。じっさい、彼はなんとなく心がこわばるのをおぼえながら、幾度も、渚で、ホテルのロビィで、それからサン・マルコの広場で、みんながタッジオを自分の近くから呼び戻すのを、自分から遠ざけておこうと努めているのを、認めさせられたことがある--そしてそのことから、彼はある恐るべき侮辱を見て取らずにはいられなかった。その侮辱を受けて、彼の自尊心はかつて知らぬ苦悩にのたうちながらも、その侮辱をしりぞけることは、彼の良心が許さなかったのである。
さらに
以前には老人が若作りしている様子を見て
「みっともない」と軽蔑していたはずのアッシェンバッハが
タッジオに振り向いてもらいたい一心から
顔に化粧まで施して
めいっぱい
若作りをしてしまいます。
そんな場面はコミカルでもありながら
なんだか可哀想にもなって来て
胸が痛くなってしまいます……。
不穏な気配ともに
コレラのウィルスがやってきます。
その情報がドイツ系の新聞によって報じられると
本国へ引き揚げていきました。
けれども他の外国人たちは
この情報を知らされないままでいるのです。
なぜなら
観光への打撃を恐れるヴェニス当局が
この厄災の広がりを
ひた隠しに隠し続けているのでした。
ドイツ人のアッシェンバッハはこの事実を知りながら
タッジオが帰国してしまう事だけを恐れ
「黙っていよう」と決意します。
そういうわけでアッシェンバッハは、ヴェニスの不潔な裏町での、官憲に伏せられている事件について、ぼんやりした満足をおぼえた。--この都市のこのやっかいな秘密--これは彼自身の最も固有な秘密と融け合っているし、これを守ることは、彼にとってもまた大いに肝要だったのである。何しろこの恋におぼれた男は、タッジオが旅立つかもしれぬということだけしか心配していなかった。そしてもしそうなったら、自分はもう生きてゆくすべを知らぬだろう、と悟って、かなり愕然としてしまったのである。
彼は近ごろでは、あの美しい者の近くにいてその姿を眺めることを、日々のきまりと好運とに負うているというだけでは、満足しなかった。彼は少年のあとを追い、少年をつけまわした。
けれども
コレラの広がりはやがて当局の隠しきれないほどになり
ついに観光客たちが続々と本国に引き上げていく事態となるのです。
タッジオ一家もポーランドに引き上げることになりました。
最後の見納めとばかりに
海辺に立つ少年を眺めていたアッシェンバッハ……。
────その時
何気なく振り返ったタッジオと
目があった瞬間…………
非常な満足感をおぼえながら
アッシェンバッハは
その場であっけなく
急死してしまったのでした。
(いつの間にか彼はコレラに感染していたんです)
アッシェンバッハ
ヴェニスに死す!!
傍から見ていると
愚かしいようにもカッコ悪いようにも見えてしまうのですが
芸術家として
「美のために身も心も捧げきった」彼は
「やり切った!」という充実感に包まれ
幸福な最期だったように思えます。
まあ
それはそうなんですけれどもね……。
でも
これが
現代日本の話だとしたら
アッシェンバッハさん
間違いなく
未成年に付きまとう不審者として
警察に通報されちゃってると思います……。
- 作者: トオマスマン,Thomas Mann,実吉捷郎
- 出版社/メーカー: 岩波書店
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こちらは私の小説です。よろしくお願いいたします。