今回は
1825年(文政8年)に
鶴屋南北(当時71歳)が
江戸中村座のために書き下ろした芝居台本
「東海道四谷怪談」
をご紹介いたします。
「四谷怪談」と言えば
お岩さんが出て来ることで非常に有名な怪談話ですが
「お岩さんという女性が伊右衛門という夫に浮気をされ
死んでお化けになった挙句、夫に祟って復讐をする」
という大まかな筋だけは共通しているものの
落語バージョンや伝説バージョンなど
語り手によって非常に様々なバリエーションがあり
それによって内容は
それぞれ微妙に異なっています。
さて
今回ご紹介いたします「四谷怪談」は
歌舞伎バージョン。
そのため
いかにも
舞台映えしそうな見せ所
が
山盛りてんこ盛りの内容となっております。
それでは
はじまり、はじまり~
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内容
(序幕)------
この物語の中では、ほとんど赤穂浪士の二重写しのように、高野家(吉良)と塩治家(浅野)の対立があり
主家がお取り潰しとなり浪人となった塩治家の家臣たちは
忠義心の篤い者たちは赤穂浪士よろしく密かに敵討ちを計画し
それ以外の者たちは思い思いに貧しい浪人生活を送っている。
四谷左門はそんな塩治浪人の中の一人である。
生活は極めて厳しく、自身は物乞い
身重の長女お岩は夜鷹(私娼)
次女(養女)のお袖は楊枝屋に奉公に出し
ようやく糊口をしのいでいるという有様だった。
実はお岩は
同じく塩治家中の侍である民谷伊右衛門の所に嫁いでいたのだが
この婿のねじ曲がった性格が気に入らない左門は、少し前に二人を離縁させていたのだった。
一方、器量良しの妹お袖には、同じく塩治家中の侍である佐藤與茂七という恋人がいたのだが
與茂七の朋輩である奥田正三郎の所で使われていた直助に横恋慕され
しつこく言い寄られていた。
そんなある夜
恋に狂った直助は
憎き恋敵與茂七を暗闇で斬り殺し、証拠隠滅のためにその顔の皮を剥ぐ。
(彼は全く気が付かなかったけれども、彼が殺したのは、実は旧主の正三郎!)
その近くに左門と伊右衛門がやって来た。
「お義父さん、お願いですよ、お岩を返してくださいよ」
「おまえは以前、公金を横領しただろう。そんな事をするような不忠義者に娘はやれん」
「なんだと」
カッとなった伊右衛門は、左門を斬り殺してしまう。
その後、ばったり出会う直助と伊右衛門
(二人は元々知り合いだった)
「おや直助」
「おや民谷の」
お互いが今しでかした犯行を打ち明け合う両人。
そこへお岩とお袖がやってきて、父と恋人の亡骸を見つけ、激しく悲しみ合った。
「父上~!」
「與茂七様~!」
伊右衛門と直助の二人はそ知らぬふりで
「ああ、なんという事だ」
「一体誰がこんな酷い事をしたんだろう」
と姉妹に同情して見せて
「お前さん達が敵討ちをするというのなら、おれたちはきっと助太刀してやろう」
などと親切ごかしに言いくるめ
そうして
伊右衛門はお岩と復縁し
直助とお袖は仮の夫婦として共に暮らす事になったのである。
(二幕目)------
ところが
さんざんしつこく執心して復縁したにも関わらず
伊右衛門はお岩を大切には扱わなかった。
子供を産んだ後、体調がすぐれず寝付いたままでいる彼女に、彼はイライラし通しだった。
そんな冷たい男であるが
隣の屋敷に住んでいる高野家(吉良家)の家臣伊藤喜兵衛の孫娘お梅は
伊右衛門に恋焦がれ
恋の病のせいで元気をなくすほどになっていた。
孫娘に甘い喜兵衛は
お梅と伊右衛門をどうにかくっつけてやりたいと願う。
そこで邪魔になるのが
伊右衛門の妻、お岩の存在であった。
喜兵衛はお岩の元に
「産後の体力回復の薬です」
と偽って薬を届けさせたのだが
実はそれは
飲むとたちまち
顔が崩れて醜くなるという毒薬。
何も疑わずに薬を飲んで
別人のように顔が醜くなってしまったお岩を見て
伊右衛門は即座に嫌気がさしてしまった。
彼は
「お梅と祝言をあげる」
と言って
金を作るためにお岩の小袖や蚊帳までも取り上げ
長屋を出て行ってしまう。
そして按摩の宅悦を脅して
お岩と無理やり不義密通をさせ、彼女を家から追い出そうと企むのだが
宅悦の自供によって夫の非情な計画を知ってしまったお岩は
精神的な苦痛と体の苦痛に悶え苦しみ
よろけた拍子に
たまたまそこに立てかかっていた刀に喉を突き刺す
という形で
死んでしまうのであった。
お岩はネズミ歳の女。
この時、猫ほどの大きさのネズミが出現する。
その大ネズミは、この時たまたまそこにいた猫を
血しぶき立てながら噛み殺し
ドロドロと人魂に変化しながら消えていった……。
お岩が死んだことを知った伊右衛門は
その時たまたま縛り上げて押し入れに閉じ込めて置いた
小仏小平(伊右衛門の母の再婚先の息子)とお岩が不義密通したという体にしようと目論み
小平を惨殺し、悪者仲間の長兵衛とその手下どもに
お岩と小平の死骸を戸板の裏表に打ち付けて川に流させた。
善良な青年小平は
主君の病を治すために伊右衛門が持っている
民谷家秘伝の妙薬を盗もうとしたという事で
伊右衛門と仲間達から折檻され監禁されていたのだ。
だが
その夜
現れたお岩と小平の亡霊に発狂した彼は
お梅と舅、伊藤喜兵衛を斬り殺してしまったのである。
(三幕目)------
こうなってしまうと
さすがに悪どい伊右衛門といえども
世間から隠れるようにして生きるしかない。
しかし
小平の父である孫兵衛(超善良なお爺さん)と再婚している母お熊(超極悪な意地悪婆)が彼のもとにやって来て
「私は以前高野家で女中をしていたことがあるから、高野家に就職するのに有利になる書付を持っているんだよ。だから、これを持って高野家に取り立てておもらいな」
と言って書付を渡してくる。
だが、その直後
凶行の片棒を担いだ悪仲間の長兵衛がゆすりにやってきたため
伊右衛門はその口封じのため
書付を彼に渡してしまうのだった。
ところで
当主を伊右衛門に殺された伊藤家は
お取り潰しという憂き目に遭っていた。
喜兵衛の娘にしてお梅の母であるお弓は
伊右衛門を恨みに思いながら物乞いにまで身を落としていたのだが
川に蹴落とされて死んでしまった。
近くに菰を掛けた杉戸がぷかぷかと漂って来た。
「見覚えがある杉戸だな」
引き寄せて菰を剥いでみると
肉のとろけたお岩の死骸が両目を見開きながら
「恨めしい伊右衛門殿……民谷、伊藤両家の血筋を絶やしてくれよう……」
ヒェェェーッ!!
総毛立った伊右衛門が、杉戸を裏返しにすると
今度は
藻にまみれた小平の死骸が両目を見開き
片手を差し出しながら
「薬を下され……」
半狂乱の伊右衛門が刀を抜いて切りつけると
死骸はたちまち骨となり、ばらばらと水中に落ちていった。
(四幕目)------
小兵衛の父、孫兵衛の家には
気立ての良い小平の嫁と可愛らしい孫がいるのだが
かれらは常に
孫兵衛の後妻(伊右衛門の母)お熊に
ネチネチといじめられていた。
また、この家には
かつての主君小汐又之丞(高野家に討ち入りをもくろむ塩谷浪士)が病に臥せりながら居候しているのだが
お熊は彼に対しても遠慮仮借無く罵声を浴びせるのだった。
そんなお熊は
もちろん夫の孫兵衛に対しても
暴君のように振る舞っている。
そこへ小平の亡霊が現れて
又之丞に民谷家秘伝の薬を飲ませてその脚を全快させたうえ
「実は私、民谷伊右衛門に殺されてしまいました……」
と伝えたため
さしも心優しい孫兵衛一家と又之丞も
ついに怒りに燃えてしまった。
「伊右衛門のやつ、絶対に許すまじ!!」
お熊は
「この魔王め!」
と罵られ
家を追い出される羽目となった。
さて。
姉が死んだことを全く知らなかったお袖は
直助と共に偽装夫婦になって暮らしていたのだが
家を訪ねて来た按摩の宅悦から姉が殺された事を聞き愕然とする。
彼女は姉の敵討ちを手伝ってくれると言う直助と
正式に夫婦の契りを結ぶのだが
その直後
死んだとばかり思っていたかつての恋人與茂七が
二人の家を訪ねてやって来たのだった。
今の夫とかつての恋人
間に挟まれにっちもさっちもいかなくなったお袖は
わざと二人に刺されるように仕組み
ほとんど自害するようにして
命を落とすのだった。
しかしその直後
與茂七の証言により
かつて直助が殺した男は、彼の旧主奥田正三郎だった事が判明してしまい、直助は激しく動揺する。
さらに
お袖が死ぬ間際に
「これを行き別れて顔を知らない兄さんに渡してほしい」
と渡してきた手紙により
お袖が幼い頃に生き別れていた
実の妹だったことなども判明してしまい
あまりと言えばあまりの事に
大ダメージを受けた直助は
「もう生きていられない」
と
自害して果てたのだった。
(大詰)------
お岩と小平の幽霊に怯え疲れた
伊右衛門は怨念の祟りを恐れて蛇山の庵室に籠っている。
しかしそこにもお岩の亡霊は大量のネズミと共に現われるのだった。
たまたまそこにいた悪仲間の長兵衛は、お岩の霊に
手拭いで絞め殺されてしまった。
また
たまたまそこに訪ねて来ていたお熊も
お岩に喉を噛みちぎられて死んでしまった。
旅の六部(修行僧)となり
偶然ここに立ち寄っていた伊右衛門の実父源四郎は
わりと常識的な良い人だったのだが
彼もやはり
お岩に絞殺されてしまった。
恐怖に取りつかれ
何とかここを逃げ出そうとする伊右衛門の前に
與茂七が
はったと
立ちふさがる!
人魂と大量のネズミ達が伊右衛門に襲い掛かる中
「女房お袖の義理の姉、
お岩の仇!!」
そう言って
與茂七は伊右衛門を叩き斬ったのだった。
(完)
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いや~~~
実に
おどろおどろしい話
でしたね。
しかし
伊右衛門&お熊
といった悪役陣が
あまりにもふてぶてしく
これでもかというほど意地が悪くて
同情すべき点が一っつもない上に
お岩や小平など
善良な人たちが
あまりにも酷すぎる目に遭っていたので
私は
物語の最後で悪人どもが
バシャーッ!と
一掃される所にはカタルシスを感じ
後味は
スッキリ
爽やかな気分!!
にさえ
なってしまいました。
お岩さんと小平の二人は
亡霊になる事によって超人的なパワーを手に入れた
勧善懲悪の
ヒロイン&ヒーロー
なんじゃないかとすら思えます。
この怪談の下敷きとなった元ネタには
四谷左門町に住んでいた御手先同心、田宮又左衛門伊織という人の娘お岩が
上司の妾に浮気した婿の伊右衛門に騙されて家を追われ
失踪した挙句、怨霊になって伊右衛門に祟った
という
元禄時代から伝わっている話
とか
この脚本が書かれた当時にあった
ある旗本の妾が下男と通じ合っていたことがばれてしまい
二人は一枚の戸板に釘づけにされ
なぶり殺しにされた上、神田川に流された
という事件
などがあるそうです。
タイトルに
「東海道」と付けられている理由については色々な説があって
はっきりした所は
謎
という事らしいのですが
演劇学者で文学博士の
河竹繁俊さんによりますと
この作品が
三世中村菊五郎
(美男スター俳優で、お岩、小平、與茂七の一人三役)が
お名残狂言(年度の最終興行にあたる秋の興行)
として書かれたものであるために
それに因んで付けられたのではないか
という説もあるそうです。
あらすじを見ると
「忠臣蔵」っぽい話が重なっているために
ちょっと煩雑な印象なのですが
元々、この話は初演時には
「仮名手本忠臣蔵」の中に組み込まれていて
2つの話を2日間にわたって上演していたものが
再演以降は
「四谷怪談」だけで
上演されるようになった
という経緯があるのだそうです。
今なお根強い人気があって
年末になるとドラマや映画にされている
「忠臣蔵」ですから
江戸時代には
もの凄い人気があったんでしょうね。
お岩さん&小平が與茂七と共に
伊右衛門やお熊などの悪党を成敗し
「あー、せいせいした!」
と思った後に
今度は
塩治浪士(=赤穂浪士)達の討ち入りによって
さらに一層大きな悪が
バーッ!!と
一挙に成敗されて
観客にとっては
という
スッキリ二段重ねになっていたんですね。
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