TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

堤中納言物語~ホントウは「堤中納言兼輔」とは全く関係のない10編の短編小説集

今回は

平安時代から南北朝時代までにつくられたお話10編を

1冊の本にまとめた短編物語集

堤中納言物語

をご紹介いたします。

 

 

堤中納言物語と言えば

 

毛虫好きの風変わりなお姫様の話

「虫愛ずる姫君」

が収載されている事で良く知られているのですが

 

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本に付けられているタイトルから

この作者が

堤中納言という人

であるかのように思われるかもしれません。

 

 

実のところ

 堤中納言とこの本とは

 

全く

関係がありません。

 

ずっと昔

江戸時代には

 

この本の作者が平安時代に実在した歌人

堤中納言藤原兼輔

とされていた事もあったのですが

 

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ここに収められている話の中には

彼が生きていた時代よりも遥か後年になる

 

平安末期や鎌倉期

に成立されたと思われるものがあるため

 

現在ではこの説は

否定されております。

 

それではどうして

堤中納言物語

などというタイトルが付けられたのでしょう?

 

実のところ

それは

としか言いようがないのですが

 

現在一番有力となっている説は

 

まず

この物語の写本には古いものが無く

江戸時代以降のものしか見つかっていない所から

 

どこかの旧家に紙などに包まれて保管されていた古本の

その包み紙の上に、記し書きのように

「つつみ 中 物語」などと書かれていたのを

 

写本をする人が「つつみ物語」というタイトルだと誤解してしまい

 

さらに

平安時代歌人堤中納言兼輔」という人がいたことを思い合わせ

 

そうだ

これはきっと

堤中納言物語

というタイトルなんだ!

 

というように考えてしまったのではないか。

 

という説です。

 

とはいえ

このタイトルにまつわる説には他にも色々あるようで

 

真相の所はどうなんでしょうね?

 

 

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堤中納言物語」という書名が見られ始めたのも、近世になってからですからな。

 

自分が一切関与していないにも関わらず

タイトルにされてしまった堤中納言兼輔

今ごろ天国で

「?」

って首をひねっているでしょうね。

 

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ここに収められている10編のお話は

簡単にまとめると

以下のようになっています。

 

 

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 -----

「花桜折る中将」

(成立時代不明・平安中期か?)

 

 

ある春の夜

恋人の家から帰る途中の中将が、庭に桜の花が咲いている荒れ屋敷で、これから物詣に出かけようとしている美しい姫を垣間見た。

 

この姫は近々入内する事になっているのだが、彼はすっかり彼女に懸想してしまった。

 

そこである夜、この姫を盗み出しに行き、ほの暗い中、女を奪って家に帰ってみたところ

 

奪ってきた人は姫ではなく

姫の側に寝ていた祖母の尼だった。

 

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-----

「このついで」

(平安末期成立)

 

 

春雨の降る、ある昼間

中宮の御前で中将と女房たちがしんみりした話を披露した。

 

中将の話

「妻のいる男がある姫君の元に通い、二人の間に子供が生まれました。その子供が慕ってくるので、彼は時々自分の家に連れて行ったりしていたんです。ある時、久しぶりにその姫の所に行き、帰ろうとした時にも、子供が一緒に連れて行ってもらいたがったので、連れて帰ろうとしたところ、女がひどく寂しがってみせたので、いじらしくなってしまい、子供を女の元に帰し、自分もそのままそこにいることにしたそうです」

 

中納言の君(女房)の話

「去年の秋ごろ清水に参篭した時、私の局のそばの局で趣のある人が泣きながらお勤めしたんです。私が満願になって帰ろうとした時、その人が寂しそうな和歌を詠んできたのですが、返事の歌は詠みませんでした」

 

少将の君(女房)の話

「私の祖母が東山のほとりにある寺で修行した時、私も一緒に行ったのですが、その時に上品で美しい女の人が髪を切って出家しているようすを覗き見てしまいました。あまりに気の毒になったので同情の和歌を書き送った所、その人の妹と思われる少女から返事が来たのですが、それがあまりに趣があって美しかったので、かえって自分の下手な歌が恥ずかしくなってきてしまいました」

 

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彼らがそんな話をしている時

主上がこちらにおいでになったので

女房達はそそくさと姿を消してしまった。

 

 

-----

「虫愛ずる姫君」

(平安末期成立)

 

かなりの美形でありながら

「装ったりつくろったりするのは良くないことだ」

眉も抜かずお歯黒も塗らない

按察使(あぜち)の大納言の姫君。

 

彼女は

「物の本体を追求するのが面白い」

虫が成虫に変化する様子などに大変興味を持ち

 

毛虫を可愛がり、たくさん飼ったりしているため

お付きの女房達には非常に嫌がられている。

 

けれどもそんな事

彼女は全く気にしない。

 

童たちに虫を取らせてきては

それを集め

彼らと共に大声を張り上げ

虫の歌を歌う。

 

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やがて

美形の貴公子右馬の介

彼女に興味を抱きはじめた。

 

彼は姫の元に

作り物の蛇と歌を寄越してちょっかいを掛けた。

 

それに対し

 

平仮名をまだ書けない姫は

片仮名で

「この世ではダメですが極楽浄土でお会いしましょう」

と返事を書いた。

 

その風変わりな返事に

ますます興味を抱いてしまった右馬の介は

友人の中将と二人で女装して按察使の大納言邸に忍び込み

姫君の姿を覗き見た。

 

彼女はかなりの美人なのに

化粧もせず髪もぼさぼさ。

そして

童たちと共に毛虫を集めている。

 

右馬の介と少将がこちらを見ていることに気が付いた姫は

簾の奥に走り込んでしまった。

 

「こんなに美しいのに、なんでこんなに変わり者なんだ!?」

 

姫が気になって仕方がない右馬の介は

彼女に恋の歌を書いて届けた。

 

お付きの女房達は

姫が彼に返事を書くかしら、どうかしらと待っていたけれど

なかなか返事を書きそうにもないので

女房の一人が姫に代わって返事を書いた。

 

人に似ぬ こころのうちは烏毛虫の

名を問ひてこそ いはまほしけれ

(まず、お名前を名乗ってくださいませ)

 

右馬の介は

 

烏毛虫に まぎるるまいの毛の末に

あたるばかりの人はなきかな

(毛虫ばりに毛深いあなたの眉毛。

考え深いあなたの心に

毛の末ばかりも及ぶ女性は他にはいませんよ)

 

そう言って笑いながら帰って行った。

 

(この後「続きは2巻にあります」と書きながら、

それきり話はブッツリ終わっています)

 

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-----

「ほどほどの懸想」

(平安後期成立)

 

 

親を亡くして頼りなく暮らしている姫君と

独身の貴公子、頭の中将がいる。

 

姫君に仕えている少女と、頭の中将に仕えている少年が恋人同士になった。

 

二人が

「お互いのご主人様同士も恋人になればいいのにね!」

と思っているうちに

 

頭の中将に仕える家人が

姫君に仕える女房に恋文を出すようになり

 

やがて

頭の中将自身も

姫君のもとに通うようになった。

 

しかし

 

元々テンションの低い頭の中将は

「どうしてこんなことになったのだろう……」

などと、冷静に思ってしまうのだった。

 

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-----

「逢坂越えぬ権中納言

(1055年 小式部作)

 

テンション低めの貴公子、権中納言が宮中の管弦の遊びに嫌々出席した後

 

中宮御所の女房達に

「数日後にある菖蒲の根合わせ勝負(根っこの立派さ比べ)に協力してください~!」

と頼みこまれ

なんとなく協力することになってしまった。

 

あんまり気乗りしない様子でありながらも

いざ勝負の当日となると

 

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ものすごく長い根っこの菖蒲を持って来た。

 

彼の協力のおかげでそのチームは勝利をおさめた。

 

後日の夜

彼は以前から想いを寄せていた姫君に対面を求めたのだが、断られてしまった。

 

だが、めげない彼は

姫君のお付きの女房が部屋を出た隙に

部屋に忍び込んでしまう。

 

しかし結局、彼女からは拒絶され

彼の想いは遂げられないのだった。

 

-----

「貝合」

(平安中期1053~1064年頃成立)

 

九月の月夜に浮かれ歩く蔵人少将。

 

彼がある屋敷を覗き見ると

この家の姫君(12.3歳の美少女)が腹違いの姉と貝合わせ(どちらがより凄い貝を持っているか)の勝負をするという事で

お付きの少女たちが準備のためにあれやこれや立ち騒いでいる所だった。

 

敵方は偉い人々に協力してもらって準備万端なのに

こちらの参謀は10歳くらいの弟君だけと、ひどく頼りない様子。

 

さらに

屋敷に乗り込んできた腹違いの姉は

ふてぶてしい様子で何だかカワイクないのだった。

 

物陰に隠れて様子を窺っていた少将は

屋敷の姫君を勝たせてあげたくなり、思わず歌など口ずさんでしまう。

 

それを聞きつけたお付きの少女たちは

「観音様のお告げだー!」

と大喜びをした。

 

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次の日

 

少将は小箱に色々の美しい貝を入れ

そっと彼らの元へ差し入れた。

 

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それを見つけた少女たちは

またしても

「観音様のお助けだー!」

と大喜び。

 

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その様子を物陰から

少将はジーッと眺めているのだった。

 

 

-----

「思はぬ方にとまりする少将」

 (鎌倉初期1200~1223年頃成立)

 

 

両親を亡くし、心細く暮らしている大納言の姫君姉妹がいた。

 

やがて

姉の元には右大将の息子の少将

妹の元には右大臣の息子の権の少将が通うようになった。

 

しかし

 

両少将とも

自分の恋人とは別の方の姫君にも

密かに想い寄せている。

 

ある時

二人の少将は

ひょんな手違いを装って

 

妹の恋人は姉を

姉の恋人は妹を手籠めにしてしまった。

 

貴公子たちは姉妹両方を恋人にして浮かれた気分。

だが

姉妹たちの方は精神的ダメージを負い、辛い気分なのだった。

 

 

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「花々のをんな子」

 (平安中期 1000年頃成立)

 

 

恋の達人と自他共に認めている男が

かつて宮中で付き合っていた女が里帰りしていると聞いたので

秋の夕暮れ時

こっそりと訪れて行った。

 

垣根の側の植え込みに隠れ

のぞき見していると

 

たくさんの女たちが簾を巻き上げ

くつろいだ様子でいて

各々が仕えている女主人について

秋の草花に例えながら

噂話に花を咲かせている所だった。

 

夜になり

彼女たちが寝静まった後

まだ潜んでいた男が歌を吟じると

眠っていなかった女たちが騒ぎ出した。

 

実を言うと

十人いるここの姉妹の内

七人までが

この男と多かれ少なかれ関わりを持っていたのだ。

 

そして、この男は

まだ手を着けていない五の君に

今は恋焦がれ、狙っているのであった。

 

 

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「はい墨」

(平安後期 1124年頃成立)

 

 

身分は高いが、とぼしい生活を送っている仲良し夫婦がいた。

 

ところが夫は

さる偉い人の姫に恋をし、そこに通うようになってしまった。

 

姫の父親が彼に言った。

「妻帯者でありながらうちの大事な娘に手を出したんだから、ちゃんと屋敷に迎えてやって欲しい」

 

夫がそれを妻に話すと

身内のいない妻は泣く泣く屋敷を出て行き

昔の使用人が住む大原の家に向かって行った。

 

だが

その家の余りのみすぼらしさを見て

彼女を送り届けた使用人の少年は気の毒になってしまった。

 

彼が屋敷に戻り、それを夫に伝えると

 

夫は慌てて妻を連れ戻しに行き

平謝りに謝って

二人は元の鞘に収まった。

 

あくる日の昼間

 

夫はふいに思い立ち

くだんの姫君の屋敷に赴いて行った。

 

姫は真昼間なので、すっかり油断して

化粧もしていなかったため

大慌てでアタフタと化粧をしたところ

 

白粉と間違えて灰墨を塗りたくったため

顔が真っ黒になってしまった。

 

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その顔を見て

男はビックリして帰ってしまい

両親は卒倒してしまった。

 

姫はわけがわからず泣き出してしまい

乳母は

「あっちの妻が呪いをかけたに違いない」

と騒ぎ立て、祈祷などしていたのだが

 

涙で濡れた部分が元の肌の色に戻ったので

ただのドジであったことがわかったのだった。

 

 

-----

「よしなしごと」

(鎌倉~南北朝時代 1265~1385年頃成立)

 

 

ある女を身分の高い僧が隠し妻にしていた。

年の暮れ

僧が山寺に籠るから必要なものを貸してくれと言うので

女は必要道具を取りそろえやった。

 

その事を女が師として帰依している僧が聞きつけ

「わたしにもこれこれのものを貸してくれ」

そう言って寄越した手紙が振るっていた。

 

「私は浮世が嫌になったから隠遁したくなりました。

つきましては天の羽衣を下さいな。

無ければ破れ着物でも良いですよ。

 

立派なお屋敷が欲しいです。

破れ畳か菰でも良いですが。

 

家具調度も立派なのが欲しいけど

無ければ欠けたのでも良いですよ。

 

ごちそうも欲しいなあ。

無ければせめて

足鍋一つと長筵一枚と、盥一つくらいは欲しいです。

 

それらのものを

大空のかげろう、海の水の泡という召使に託してください。

 

この手紙は人に見せちゃ駄目ですよ。

そして返事は、天に下さいね」

 

 

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 この10編のお話以外にも

 

「冬の月の晩にふらふら出歩き、女の屋敷に入り込み

思う女がうちとけている様子を見たいと思って、そっちに行ったんだけれど……(そこで終わっている)

 

という内容の

物語を書きかけて止めてしまったような文章が

付けたしのように書かれているのですが

 

伝本によって話の順番が変わっても

この文章は必ず

「よしなしごと」

の次に来ているようです。

 

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 正直なところ、お話として

「面白い」

と思えるものと

「は?」

と思ってしまうようなもの

半々という印象なのですが

 

その中でもやっぱり

「虫愛ずる姫君」の主人公は

個性がピリッと際立っていて

かなりの面白みを感じました。

 

考え方や行動がほとんど現代女性のようで

右馬の介への返事も

ぎこちない字しか書けないあたり

 

もしかしたら

 

現代の女の子が

平安時代にタイムスリップしたのでは!?

(で、彼女とそっくりの平安時代のお姫様が、

入れ違いに現代に来ていたりして)

 

なんて

想像してしまいます。

 

右馬の介との

あの後の展開は

どうなるのか!?

 

恋に発展するのか、しないのか

中途半端に終わってしまっているのが何とも残念です。

 

ここはひとつ

ブコメを書く名手の方に

 

ワクワクドキドキ

かつ

キュンキュンするような

続きの物語を書いてもらいたい所ですね。

(ガサツな私には無理っす)

 

 

 

堤中納言物語―付現代語訳 (角川文庫ソフィア)

堤中納言物語―付現代語訳 (角川文庫ソフィア)

 

 

 

 

 

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 こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。

 

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