TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

ゴーリキー「どん底」の感想とご紹介~人の世を「どん底」にしてしまうものは、多分、人の心なんだと思います。

今回はロシア(ソビエト)の文豪

ゴーリキーの名作戯曲

どん底

のご紹介をいたします。

 

f:id:TODAWARA:20200214162610j:plain

 

今どきはゴーリキーなどと言いますと

プロレスラーみたいな姿をした

紫色のポケモンを思い浮かべる人の方が多いようですが

 

こちらのゴーリキーは文筆家で社会活動家でもあった

 

マクシム・ゴーリキー

(1868-1936)

本名

アレクセイ・マクシーモヴィチ・ペシコフ

です。

 

幼くして孤児になり

生きるために様々な職業を転々としてきた、大変な苦労人であることからか

 

ペンネームのゴーリキー

ロシア語で「苦い」という意味なんだそうです。

 

f:id:TODAWARA:20200214150643j:plain

 

その彼が1902年34歳の時に発表した

戯曲どん底は、こんにち彼の代表作とも言われ

 

名匠黒澤明監督1957年

舞台を日本の江戸時代に置き換えて

映画化した事でも有名な作品となっております。

(ペーペル/泥棒捨吉役・三船敏郎 ワシリーサ/大家の妻お杉役・山田五十鈴)

 

どん底 [Blu-ray]

どん底 [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2009/12/18
  • メディア: Blu-ray
 

 

------

内容(ネタバレあり)

 

 

舞台は横暴な初老の男

コストゥイリョフが経営している安宿。

 

そこに、他に行き場の無い「人生どん詰まり」な人々が

どんより淀んだ空気を漂わせながら共同で暮らしている。

 

そこにいる主だったメンバーは

 

錠前屋のクレーシチ

その妻のアンナ

 

アンナは重病で今にも死んでしまいそうなほど弱っているのだが、夫婦の間に愛情は無く、クレーシチがアンナを気遣ってやることは皆無である。

 

その他には

 

「昔、素敵な恋をしたことがある」と空想話を語る娘

ナースチャ

 

アルコール中毒を病んで廃業中の

役者

 

かつては豪勢な暮らしをしていたのだが

破産して落ちぶれてしまった

男爵

 

子供の時から泥棒をして生きて来た若者

ペーペル

 

昔は人気者だったらしいが

殺人を犯して前科者になってしまったという

サーチン

 

荷担ぎ人足の

クリヴォイ・ゾーブ

その相棒のイスラム教徒

アサン

 

肉饅頭売りの中年女

クワシニャー

 

妻に浮気されて家出してきた帽子屋

ブブーノフ

 

─── といった面々である。

 

宿の主人コストゥイリョフには

ワシリーサという

年の離れた若い妻がいた。

 

しかし

 

彼女は夫を疎んじて

「死んでほしい」

とまで思っている上に

泥棒のペーペルと浮気をしている。

 

ところが

 

 ぺーペルは

ワシリーサよりも、むしろ

 

この家でこき使われている彼女の妹

ナターシャ

本気でをしているのだ。

 

ワシリーサ、ナターシャの姉妹は二人とも

ここの地獄のような境遇から自由になりたいと願っている。

 

しかし

 

ペーペルの心が妹の方にあるのに気付いたワシリーサが

妹に辛く当たったりするので

姉妹の仲は険悪である。

 

たまに姉妹の叔父で巡査をしている

メドヴェージェフ

この宿を訪ねて来る事もあるのだが

 

彼は、彼女たちの救いには全くなりえない存在である。

 

そんな風に

鬱鬱とした閉塞感に包まれながら生きている彼らの所に

 

ある時

巡礼の老人

ルカがやってきて投宿する事になった。

 

夢も希望も無くし、心の荒みきった人々に

ルカは慰めや癒しや励ましの言葉をかける。

 

ルカが立ち去って行った後 ───

 

人々の心にも、ほんの少し

彼の影響による変化が現れ

明るさが兆すか……と思われたのだが……。

 

しかし

 

それを打ち消してしまうほどの悲劇が

突然

彼らを襲うのである…………。

 

f:id:TODAWARA:20200214152217j:plain

------

 

この戯曲には

人々の個々のエピソードはあるのですが

全体を貫くようなストーリーらしきものはありません。

 

けれども

思わずハッとしてしまうような印象的なセリフが多くあり

 

読み手によって解釈が色々出来るような

非常に深みのある作品だと感じました。

 

今にも死んでしまいそうなアンナに

「安心するがいいよ、あの世にはもう苦しみなんか無いのだからね」

と優しく言い聞かせているルカに向かって

ペーぺルがこう言い放ちます。

 

「おめぇはなかなかえれぇ男だ!嘘のつき方もうめぇもんだし……話もなかなかおもしれぇや!いくらでも嘘をつきねえ、なあにかまうこたあねえ……世の中にゃおもしれえことがすくねえんだから!」

 

ギスギスした現実に押しつぶされそうになっている彼らに

ルカは、人を憐れむことの大切さを説きます。

 

人間は人間に

良い事を教えられるんだよ。

そこにたとえ

嘘や方便があったとしても。

 

彼の存在は、淀んで濁った深い淵に差し込む一筋の月光を思わせます。

 

f:id:TODAWARA:20200214153150j:plain

 

ルカは

「人は真実が大切と言うけれど

真実というものが必ずしも人の魂を救うものではない」

と言い

 

彼らに

「真実の国を信じて不幸になった男」

の話をして聞かせました。

 

それはこんな話です ───

 

-----

 

 あるところに

「この世には真実の国というものがあり、そこには特別な人間が住んでいる」

と、信じている男がおりました。

 

「そこに住む人たちは、みんな立派な人たちばかりで、互いに尊敬し合い、どんなささいな事でも助け合って生きている。何もかもがとても良い国だ」

 

男はいつも

その真実の国を探しに行こうと考えていました。

 

しかし彼はひどく貧乏な暮らしをしていたため

横たわり、死を待つしかないくらいの、苦しい時が来てしまいました。

 

けれども彼は気を落とさず、にこにこ笑いながら

「大丈夫、もう少し辛抱すれば、真実の国に行けるのだから」

と、それだけを希望に生きていました。

 

ある日、その土地へ

一人の学者が本や地図を持ってやって来ました。

 

男は学者に頼みました。

「どうぞ私に真実の国がどこにあるか、どうしたらそこに行けるか教えてください」

 

学者は本や地図を広げて探したのですが

そこには真実の国など、どこにも見当たりません。

 

f:id:TODAWARA:20200214170030j:plain

 

しかし

男は学者の言葉を信じませんでした。

 

「きっとあるに違いないから、もっと良く捜してくれ」

 

さらに彼はこう言いました。

「もし真実の国が出ていないようなら、お前さんの本や地図はなんの役にも立たない!」

 

すると学者は腹を立ててしまいました。

「わしの地図はこの上もなく正確なんだ。

元来、真実の国なんてどこにも無いのだ!」

 

「そんな事があるか、おれは辛抱を重ねながらそれがあると信じて生きて来たんだ。それを、地図で見ると無いとはなんだ。このゴロツキ、おまえなんか学者じゃねえや!」

 

男はそう言うと学者を殴りつけ

 

その後

首をくくって死んでしまいました…………。

 

f:id:TODAWARA:20200214153452j:plain

 

-----

 

彼が夢見ていた真実の国

人々が互いに尊敬し合い、どんなささいな事でも助け合って生きているという場所。

 

そうであるなら

 

彼自身の心がけ次第では

彼のいるその場所が

真実の国になり得たかもしれなかったのに……

 

 

 「なあ、爺さん、一体神様ってものは本当にあるのかね?」

 

と尋ねるペーペルに、ルカはこう答えました。

 

「それは、信じればあるし、信じなければ、無いのさ。

なんでも信じるものは、あるのだよ」

 

 

 この宿に燻ぶっている人々のどん底さは

 お金が無いとか家が無いとかいうことよりも

 

人々の間に友情も愛情も尊敬も無いところが

何よりもどん底であるように思います。

 

 

人の世は

各々の心の持ちよう次第で天国にもなり得るのだけれども

 

それが難しいからこそ

どん底」になってしまうのですね……。

 

 

 

どん底 (岩波文庫)

どん底 (岩波文庫)

 

 

f:id:TODAWARA:20200214160013j:plain

 

 

 

関連記事のご案内

 

 

どん底」と何か通じるようなものがある気がします……

スタインベック「ハツカネズミと人間」について

todawara.hatenablog.com

 

 トルストイ「人生論」を読んで思った事

todawara.hatenablog.com

 

 

 

 

こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。

f:id:TODAWARA:20200129165754j:plain

 

 

台風スウェル

台風スウェル

 

 f:id:TODAWARA:20200920095138j:plain

 

 

f:id:TODAWARA:20200505115552j:plain