今回は
流行作家として活躍中に、34歳の若さで亡くなってしまった
織田作之助(1913-1947)が
戦前に発表した出世作
「夫婦善哉」(めおとぜんざい)(1940年発表)
のご紹介をいたします。
金遣いの荒いボンボン育ちのグータラ亭主と
気の強いシッカリ女房の
情けなくも愛おしい、笑って泣かせる愛情物語は
発表当時から今に至るまで、大変に根強い人気があり
舞台やテレビドラマなどで、何度も取り上げられてきています。
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内容
天婦羅屋の種吉とお辰の一人娘、蝶子は17歳にして自ら望んで芸者になった。
お転婆で声自慢で
「どんなお座敷でも思い切り声を張り上げて咽喉や額に筋を立て、襖紙がふるえるという浅ましい唄い方」をする彼女は
陽気な座敷には無くてはならない、売れっ子芸者になっていった。
そんな彼女が、やがて、10歳以上も年上の、妻子ある安化粧品問屋の若旦那、維康柳吉とわりない仲になってしまった。
「安くて美味い物」に詳しい食通の柳吉は、蝶子をしばしば「うまいもん屋」に連れて行ってくれる。
彼が喋る時にどもる癖なども、蝶子の目には、なんだか思慮ありげに見えた。
まさに恋は盲目。
彼女はすっかり柳吉の事を「しっかりした頼もしい男」だと思い込んでしまった。
ところが。
そんな二人の密かな交際が、中風で寝たきりの柳吉の父、頑固一徹の大旦那にバレてしまったから大変だ。
柳吉は勘当され、妻は幼い娘を柳吉の妹に託し、籍を抜いて実家に帰ってしまった。
しょげ返っていた柳吉だが、東京に取引先の未回収の集金があった事を思い出した途端に、パッと心が晴れた。
彼は早速、蝶子を呼び出してこう言った
「物は相談やが、駈け落ちせえへんか?」
東京で集金をして回り、まとまった金を集めると、二人で熱海へ行き、芸者をあげてどんちゃん騒ぎ。
ところがいきなり関東大震災に襲われてしまい、二人は避難列車で大阪に戻ったのだった。
その後、二人は夫婦となったのだが、柳吉はいずれ親の勘当が解けるだろうことを当てにして、ほとんど働かない。
そこで蝶子が、臨時雇いの女中兼芸者である「ヤトナ芸者」として、稼ぎに出ることになった。
いつまで経っても、柳吉の勘当は解けなかった。
そればかりか、彼の病父が蝶子の事を悪しざまに言っている事なども(柳吉の口から)蝶子の耳に入って来た。
「無理おまへん」
としんみり思いながら胸を痛める蝶子は、肚の中で彼の父に向かって呟いた。
「私の力で柳吉を一人前にしてみせまっさかい、心配しなはんな」
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そんな蝶子の決意をよそに、その後の二人の結婚生活では
彼女がせっせと貯めたお金を、柳吉は下らない事でパーッと散財してしまい
それにもめげずに蝶子が頑張って稼いできては、またまた柳吉が使ってしまい……
という事態が繰り返されてしまいます。
お金って、稼いだり貯めたりするのは大変だけど
使って失くしてしまうのは一瞬ですからねぇ……。
こうなったら柳吉にも働いてもらおうと蝶子は思案して
色々と商売を始めてみたりもするのですが
これもことごとく、柳吉のせいで、長続きができません。
とまあ、こんな話であるにも関わらず
重たく暗い調子にはならず、ユーモアと温かさまで感じられるのは
蝶子が、こんなに甲斐性無しの柳吉に
ぞっこん惚れ抜いてしまっているからなんでしょうねえ。
そうは言っても
蝶子は大人しく耐える女などではなく
気が強くて、怒るべき時にはちゃんと大爆発しています。
(夫婦の間の鬱憤は、溜め込まないのがgood👍ですね)
蝶子が柳吉に振り回されて
精神的にも経済的にも苦しんでいる事は確かなのですが
この状態が「やらされて、仕方なしにやっている」というわけではなく
彼女が主体的に
「やりたくてやっている」という所に
なんでそんなに、
自ら好んで泥濘を行くの~!?(T_T)
という、ダメ男にのめり込んでいる女友達を諫めたくなるような
そんな気持ちは抱くのですが
それと同時に
ある種の清々しさを感じたりもします。
さて、一方
蝶子に対して
かなりヒドイ仕打ちをしているにも関わらず
おっとり大人しく見えるために、周囲の人から
「気の強い奥さんにガンガンやられて可哀想」
などと同情されている柳吉。(ズルい~)
彼が蝶子の甲斐性について
どう思っているかというと
何かにつけて蝶子は自分の甲斐性の上にどっかりと腰を据えると、柳吉はわが身に甲斐性がないだけに、その点がほとほと虫好かなかったのだ。
しかし、その甲斐性を散々利用して来た手前、柳吉には言いかえす言葉はなかった。
興ざめた顔で、蝶子の詰問を大人しく聴いた。
酷い~。(ToT)
(10コ以上も年下の女房にドヤ顔されるのが癪に障るんですね)
ノホホンとした柳吉は、熱情型の蝶子に比べると、愛情表現がかなり淡泊なので
彼女が一人で空回りしているように見えてしまい
なんだか気の毒になってしまいます。
でも、蝶子自身がそんな柳吉を好きだって言うんだから
仕方が無いんですよねえ……。
柳吉は、世間の一般的物差しで測られれば
紛れもなく「ロクデナシ」の部類に入れられてしまう人なんですが
人と人との、情を介しての繋がりにおいては、そういう「世間的な物差し」って
実は、あんまり関係ないんですよね。
立派な人だからって、必ずしも愛されるとは限らないし
いっぱいダメな所があるからといって
愛されない、ってわけでは決してない。
(どうかすると、そのダメさ加減が却って魅力になっちゃう、なんてこともありますしねぇ)
蝶子はチャーミングなものだから、近所のお金持ちから
「妾になれ」
なんて言われたり、材木屋の息子からモーションを掛けられたりもしているんですが
それでも柳吉一筋なんです。
あんまり報われる事なく、気の毒な蝶子……。
でも、そんな彼女の頑張りを
彼女の両親が近くで見守ってくれています。
特に父、種吉の優しさは、彼女にとって大きな救いとなっているような気がします。
この「夫婦善哉」という作品は
昭和15年4月、織田作之助が26歳の時に同人雑誌「海風」に発表され
改造社の第1回文芸推薦作品に推されたのちに「文芸」7月号に再掲載され
彼が職業作家としてデビューを果たすきっかけとなった作品です。
モデルとなったのは、作之助の次姉の千代とその夫の山市乕次(とらじ)夫婦だという事です。
道理で、夫婦を見つめる目に、なんだか愛があるような気がしました。(^^)
ところで
蝶子と柳吉夫婦の
今後の行く末が気になるところですが
なんと!
作之助の亡くなった年から60年も経った2007年に
続編となる
「続夫婦善哉」
が発見されています!
(改造社の雑誌に掲載される予定だった原稿が、編集部の自主規制で、お蔵入りになってしまっていたものと思われるそうです)
続編は別府が舞台となっています。
そのうち、今までの話に続編を加えた長編物語として、映画やドラマが作られるかもしれませんね。
この小説を象徴するような
ラスト近くに描かれた名場面
柳吉が蝶子を
「どや、なんぞ、う、う、うまいもん食いにいこか」
と、誘って入った「めおとぜんざい」の店
「法善寺 夫婦善哉」は、今も大阪の法善寺横丁にあります。
一人分が二杯のお椀で出て来る、この一風変わったぜんざいは
「カップルで食べると円満になれるという縁起物」
らしいですよ。(#^^#)
こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。