TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」~悲惨な環境を生き抜くためには「処世術」が何より大事。

今回はロシアの作家

アレクサンドル・ソルジェニーツィン(1918-2008)が

1962年に発表した中編小説

イワン・デニーソヴィチの一日

感想とご紹介を書こうと思います。

 

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現在のロシアソビエトであった時代───

 

1924年から1953年にかけての

スターリン独裁政権では

 

彼の政敵やその周辺の人々を始めとして

富農文化人外国人異民族一般庶民などなど

ありとあらゆる人々が

ありとあらゆる口実の下に弾圧・逮捕され

 

処刑されたり、僻地に追放されたり

収容所に送り込まれたりしていました。

 

今回ご紹介します

イワン・デニーソヴィチの一日

 

作者のソルジェニーツィン自身が1950年から囚人として送り込まれた

特別収容所での体験をもとに書かれた小説です。

 

この小説で描かれているのは

主人公のイワン・デニーソヴィチ・シューホフから見た

収容所(ラーゲル)での一日です。

 

まだ夜も明けきらぬうちから起床し

雪に閉ざされた酷寒の中、収容所の外に赴き、建設作業をさせられ

日が暮れてから収容所に戻り、食事をし

不意打ち的に行われる点呼にビクつきながら、就寝するまで……

 

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看守の機嫌を少し損ねただけで

刑期が恣意的に伸ばされたり

重営倉(長くいると結核を患うほど不潔かつ極寒)に入れられたりするという非人道的な環境下

 

シューホフは囚人なりの処世術を身に着け、逞しく生きています。

 

8年にもなる収容所暮らしの間

どうにか要領良く過ごしているシューホフには

ささやかながらも幸せ喜びを感じる瞬間があります。

 

酷寒の中の強制労働にも、仲間たちと協力して物を完成させる楽しさがあり

上手に仕上げる事ができれば、職人的な満足感を得たりもします。

 

しかし

だからと言って

 

ここが

「人道的に運営されている収容所」

というわけでは決してありません。

 

地獄のような環境下にあって

いくらかでも幸せを見出すことが出来るようになるためには

 

地獄に適応していけるだけの処世術

というものを絶対的に

身に着ける必要があるのです。

 

囚人仲間達との協調性

自分を厳しく律する事

ある種の抜け目なさ

などなど……

 

これらの処世術を身につけられない囚人

どういう運命をたどるかと言えば

 

たいがいが

命を落とすことに

なるのです……

 

囚人としてはまだ新入りの海軍中佐(好人物だが、お偉いさんだった頃の癖が抜けきらない)を、シューホフは

「今後うまく生き延びられるかな……?」

と、心配するような目で見つめ

 

外の世界では豪勢な暮らしをしていたという、わがままで根性無しのフェチュコーフに対しては

「あれではとうてい刑期をつとめあげることはできまい……」

と、憐みの目を向けています。

(私にはフェチュコーフの不器用さはどうにも他人事には思えなくて、胸の痛むものがありました) (ノД`)・゜・。

 

シューホフが目を掛けている16歳のゴブチックなどは

非常に要領の良い少年なので

 

ゴブチックなら、一人前の囚人になれるにちがいない。

もう三年も辛抱して、大人になれば、まかりまちがっても、パン切り係ぐらいはかたいだろう。

 

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───と

このように末頼もしく思われているのですが……

 

前途有望な少年の将来が

「一人前の囚人」だなんて

余りにも悲し過ぎやしませんか……

(T_T)

 

しかし

ここに入れられている人々の刑期は

10年20年25年などはザラなので

 

人生のほとんどが囚人暮らし

という人も決して珍しくは無いのです。

 

ここには、元高官から一般庶民まで

様々な人が囚人として収容されています。

 

主人公のイワン・デニーソヴィチ・シューホフは朴訥な一庶民なのですが

 

戦争中ドイツ軍に捕まって捕虜になり

そこから逃げ出して友軍に見つかった所

「スパイだろう」と一方的に決めつけられて、懲役送りになりました。

 

なんとも理不尽な話なのですが

他の囚人たちも皆そんな調子で

 

外国人から記念品を貰っただとか

神に祈っていただとか

罪とも言えないような事を罪だと言われ

収容所にぶちこまれているのです。

 

仲間達からの人望も篤い班長チューリンなどは

単に実家が富農だと言うだけで

25年もの囚人生活を余儀なくされています。

 

 ソビエトでは1929-1930年代初め頃

農地や家畜などを国有化するため

これに反対する富農(クラーク)を叩き潰す

「富農撲滅政策」というのが行われ

非常に多くの人々が処刑されました。

 

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この物語の背景のひとつとして

ソビエト1930年代に行われた

地獄のような大粛清があります。

(きっかけはスターリンによるライバル潰し)

 

それに関しては

Wikipediaに、このように記されています。

 

大粛清

 

ソビエト連邦共産党内における幹部政治家の粛清に留まらず、一般党員や民衆にまで及んだ大規模な政治的抑圧として世界でも悪名高い出来事である。

 

ロシア連邦国立文書館にある統計資料によれば、1937年から1938年までに、134万4,923人が即決裁判で有罪とされ、68万1,692人が死刑判決を受け、63万4,820人が強制収容刑務所へ送られた。

 

ただし、この人数は反革命罪で裁かれた者に限る。

ソ連共産党は大きな打撃を受け、旧指導層はごく一部を除いて絶滅させられた。

特に地方の地区委員会、州委員会、共和国委員会が丸ごと消滅したケースもある。

 

 

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この大粛清以降にも

規模は縮小したものの

弾圧は依然として続いていました。

 

 

作者のソルジェニーツィン自身が逮捕された理由

1944年~45年に掛けて友人と交わし合っていた手紙で

スターリンについて書いたことが検閲にひっかかったためです。

 

欠席裁判で懲役8年を宣告された彼は

 

8年間の服役中にを患い

やっと刑期を終えたかと思うと

今度はコクテレク(南カザフスタン)に永久追放という処置がとられました。

(これは当時としては一般的な処置で、こういう仕打ちを受けた人は、きわめて多かったそうです)

 

 

1953年3月5日

スターリンが死去すると

 

彼に代わって指導者の座に就いた

ニキータ・フルシチョフスターリン時代の政治を批判して

 

スターリン政権下で罪人という烙印を押された人々に対し

恩赦名誉回復を始めました。

 

1956年

ソルジェニーツィンも流刑から解放され

晴れて無罪となりました。

 

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ソルジェニーツィンのデビュー作となる

イワン・デニーソヴィチの一日

 

1962年、彼が44歳の時に

「ノーブイ・ミール」誌の主幹アレクサンドル・トワルドフスキーの尽力と、フルシチョフの後押しにより出版されました。

 

最高指導者であるフルシチョフ自身がお墨付きを与えた事もあり

本作は発表後ベストセラーになり

学校の教材として使われるほどにまでなったのですが

 

フルシチョフが失脚し

ブレジネフが政権を握るようになると

再び言論の自由が著しく制限されるようになり

 

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ソルジェニーツィン

ノーベル文学賞を受賞したものの

 

国内での酷い迫害のために

西側へ亡命せざるをえなくなりました。

 

ゴルバチョフ政権下の1990年になって

彼の市民権を回復するとの大統領令が出され

 

ソ連崩壊後の1994年

ソルジェニーツィンはようやく

祖国ロシアに戻ることが出来たのです。

 

いや~~~……

政治に翻弄されまくってる人生ですね……。

 

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 それにしても ───

 

誰彼無しに言いがかり的な理由で逮捕され

殺されたり収容所にぶち込まれたりするなんて

到底まともな体制じゃありませんよね。(; ・`д・´)

 

働き盛りの国民を、こんなにまで見境なく、殺したり収容所送りにしていたとなると

スターリン時代のソビエト

かなり国力が疲弊していたのでは……?

自然、そのように思われる所なのですが

 

あにはからんや……

必ずしもそのようになってはおらず

 

人々を囚人として無償の強制労働に従事させたことなどより

 

工業化近代化

著しく発展したんだそうです。(-_-;)

 

 まるで国自体がブラック企業───

ブラック国家

と言うべきでしょうか。

 

こんなに狂った体制が、そう遠くはない時代に現存し

この体制を礼賛する人さえ、少なからずいたのですから

人間社会って恐ろしいですね……。

 

 

イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)
 

 

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関連記事のご案内

 

ゴーリキーどん底」について。

スターリンに重用されたゴーリキーも大粛清の犠牲になっています。(毒殺説が有り)

todawara.hatenablog.com

 

 

 

こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。

 

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台風スウェル

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