TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

バルザック「谷間の百合」の感想とご紹介~恋のお相手は何故か人妻ばかり……。

今回はフランスの文豪

オノレ・ド・バルザック(1790-1850)

の長編小説

谷間の百合」(1835年)

のご紹介をいたします。

 

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「近代リアリズム(写実主義)小説の傑作!」

と謳われております本作

 

私が読んでみた感想といたしましては

 

冒頭から98%位のところまで、大筋としては

ロマンス小説

 

ところが

 

最後の最後

あと残り2%というところで

強烈に

「リアリズムきたー!!」

って感じでした。

 

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「なんのこっちゃ」

とお思いの方もおられるかと思いますので

 

以下に

あらすじをご紹介いたします。

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フランス語の「vallée」は日本語で想像する「谷」というよりは、ゆるやかな丘に取り巻かれた、太陽の降りそそぐ川の流域だそうです。

 

あらすじ (※ネタバレあり!)----------

 

(この小説は、主人公のフェリックスが、新しく出来た恋人のナタリー

「自分の若き日の思い出深い恋愛経験を、長い手記という形で告白している」

───という形式になっています。)

 

 

両親から愛情を掛けられずに育った貴族の子・フェリックスは、二十歳になったある夜の舞踏会で

はるか年上の人妻・モルソフ伯爵夫人に一目惚れしてしまいます。

 

やがて二人はお知り合いとなるのですが

 

病弱な二人の子供の療育と、偏屈でねじけた性格の夫・モルソフ伯爵モラハラとに苦しんでいたモルソフ夫人は

 

その苦労を理解し、同情し、共に苦労を分かち合ってくれるフェリックスに対して

特別な感情を抱くようになり

 

やがて

 

同志的とも言えるその感情は

少しずつ愛情へと変化していきます。

 

しかし

 

貞淑な良き妻、心正しき良き母である彼女は

自分が抱いている恋愛感情を

母性もしくは、が弟を思う肉親愛のようなもの」

というようにカモフラージュして

 

フェリックスに対して

あからさまにするようなことは決して無いのです。

 

ゆえに

 

二人の恋は

フェリックスがやり切れなく思うほどに清く

あくまでもプラトニックなものでした。

 

数年が経ち

大人っぽく成長したフェリックスは

 

モルソフ伯爵一家と過ごしたクロシュグールドの地を離れ

パリに出て行き

王様のために働くことになりました。

 

出発前にモルソフ夫人が懇々と教授してくれた、諸々の処世術のお蔭もあってか

彼は中央政界で順調に出世をしていきます。

 

やがて、華麗に社交界デビューを果すフェリックス。

 

そこで彼は

百戦錬磨の恋の狩人と名高い、イギリス人のダドレー夫人と恋に落ち

派手に浮名を流すことになりました。

 

その噂を聞いて

モルソフ夫人はショックを受けてしまいます。

 

彼女はジェラシーの余り、著しく体調を崩し

やがて死んでしまいました……。

 

「ぼくの最愛の人はモルソフ夫人だったのに……」

 

フェリックスは激しい悲しみに襲われ、ダドレー夫人と別れます。

 

それから数年後

 

フェリックスは、このような過去の恋愛経験を

新しく出来た恋人ナタリー

長い手記にしたためて読ませました。

 

はたして

恋人ナタリー・ド・マネヴィル伯爵夫人の反応は───

 

「は?だから何?

過去の女の事なんかくどくど話さないでいいわよ。

もういいわ、私たちは良いお友達』でいましょうね!」(超意訳)

 

───というものでありました……。

      

----------《完》---------

 

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この

ナタリーの反応

まさにリアリズム!!

 

最後の最後で

強烈なうっちゃりをかまされた気分です。

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それも

こーーーんなに長くて重厚な

長編小説で!!(T∀T)

 

こういうのって

短編小説ではよくありますけど

えんえんとあの長ーい恋愛話を読まされた挙句の

この落ちですよ!

 

やるな、バルザック!!

 

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リアリズムといえば……

 

モルソフ夫人の旦那さん

モルソフ伯爵

どうしょうもないモラハラ気質な性格の描写が

 

微に入り細にわたって描きこんである点なども

非常にリアルだと感じたところでした。

 

もしかしてバルザックの周囲に

こんな感じの人が実在していて

嫌な目にあわされたりしていたのかな?

 

なんて思うほどリアルでした。

 

 

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情緒不安定幼稚

ワガママ極まりないモルソフ伯爵

 

たしかに

非常に困った人ではあるのですが

 

彼が妻のモルソフ夫人にイラだってしまう気持ち

 

な~んとなくわからないでもありません……。

 

モルソフ夫人って

あまりにも全てにおいて完璧

 

家庭の采配から事業の運営まで

あまりにも優秀で

ヤリ手過ぎるんですよ……。

 

伯爵としては

劣等感を感じる事もあるだろうし

 

「妻に支配されてる」

 

みたいなところを感じざるを得ないのではないかと……。

(実際、この家の実権を握ってるのは夫人の方ですし)

 

そんなモルソフ伯爵

 

妻に対し恋心を抱いているからこそ、自分に近づいて来、親切にしてくれるフェリックスの事を

なぜかほとんど疑う事なく頼り切っているんですが

 

いくらモラハラのクズとはいえ

なんだか気の毒になってしまいました。 (-_-;)

 

とはいえ

彼はフェリックスに対しても、思いっきりモラハラしまくってるんですけれど……。

(おあいこか)

 

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それにしても

この時代のフランス上流階級の人々って

 

婚外恋愛に関して

一体、どういう感覚だったんでしょうね……?

 

フェリックスが恋する相手は

 

モルソフ夫人

ダドレー夫人

マネヴィル夫人(ナタリー)

なぜか人妻ばかりなんですが

 

作者のバルザック自身

 

ベルニー夫人(モルソフ夫人のモデル、23歳の時に45歳の夫人と恋に落ちる)

ダブランテス夫人(文壇デビュー後に知り合う、帝政時代の知識を授けられる)

オランプ・ペリシエ(高級娼婦)

カストリ夫人(英国王家の血を引く超一流の貴婦人、喧嘩別れする)

ハンスカ夫人(最終的にバルザックと結婚する人)

マリア・デュ・フレネー(人妻ながらに、バルザックの子を産む)

カロー夫人(妹の友人で良き忠告者、お互いにほんのり想い合う仲)

ヴィスコンチ夫人(伯爵夫人)

 

───と

 

ほんとんど人妻とばっかり恋愛をしてるんですよ……。

(アンタ、人妻にしか興味ないんかい!?)

 

 

ちなみに

 

バルザックの面影と言えば

ボブっぽい髪型で髭を生やした太っちょでいかついオジサンというのが良く知られていますが

 

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20代ごろのバルザック肖像画で見ると

純粋そうなキラキラな瞳をした、可愛らしい青年でした。

(そんな所が人妻キラー?)

 

 

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この谷間の百合

時代背景は

19世紀前半王政復古の頃なのですが

 

この時代のフランスって

ゴチャゴチャしてて、ものすごくわかりづらいですよね……。

 

この王政復古前後の流れ

できるだけ簡単にまとめてみますと、以下のようになります。

 

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18世紀の終わりごろ

フランス革命が起こって、ブルボン朝の王ルイ16世が処刑されます。

その後

1792年–1804年

第一共和政 が敷かれますが

色々のすったもんだの挙句ナポレオンが登場してきて

1804年–1814年

ナポレオンによる第一帝政となります。

 

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その後

 

ヨーロッパ諸国が結成した第六次対仏大同盟がナポレオンを破って第一帝政が終わり

 

1814年 

ルイ16世の後継者・ルイ18世による

王政が復活したんですが

1815年 

ナポレオン瞬間的に政権を奪取して

百日天下と呼ばれます

(その間は王家は一時、亡命に追い込まれていました)

 

しかし

ナポレオンはイギリスとの間に起こったワーテルローの会戦で敗れてセントヘレナ島に流されてしまい

再びルイ18世王政となりました。

 

谷間の百合

ちょうどこの辺あたりの話となっています。

 

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この復古王政

1830年まで続き

七月革命の民衆蜂起にて終了するのですが

 

バルザックによると

この王政復古時代は

「それは寒々とした、けち臭い、詩に欠けた時代であった」

とのこと。(^^;)

 

ちなみにその頃、日本は

江戸時代後期の文化文政期……町人文化が花盛りでした。

 

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その後フランスは

 

オルレアン家ルイ・フィリップを国王とした七月王政(1830ー1848)の後に

二月革命(1848)→第二共和政(1848ー1852)ときて

ナポレオン三世第二帝政(1852ー1870)

そして

第三共和政(1870ー1940)と続き

やがて

ナチス侵攻によるヴィシー傀儡政権(1940ー1944)

 

そして第二次世界大戦

シャルル・ド・ゴールによる臨時政府(1944ー1946)を経て

 

第四共和政(1946ー1958)→第五共和政(1958ー)

 

という流れを経て現代に至っています。

 

ふ~、ややこしいですね……。(^^;)

 

 

 

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モーパッサンの名作短編「脂肪の塊」

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こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。

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