今回は
カレル・チャペック(1890-1938)
が1920年に出版した戯曲
「ロボット」
のご紹介をいたします。
この戯曲は1920年
日本でいうところの大正9年に出版され
翌1921年に初演されています。
1920(大正9)年
と言いますと
5月には日本で最初のメーデーが開催され
12月には日本社会主義同盟が結成された年でもあります。
オーストリア・ハンガリー帝国の貴族支配から独立したばかりの
ロシア革命の影響もあって
労働者と富裕層の対立が深刻化していました ───
物語の内容をざっくり説明しますと
以下のようになります。
(※ラストまでのネタバレは無し)
--------
天才学者である二人のロッスム(伯父と甥)が熱心に研究・実験・開発をした結果
ついに、人間そっくりの人造人間を作り出す技術が確立された!
彼ら人造人間(ロボット)たちは
知性は備えているものの
魂は持たない
完璧な労働者である ───
やがて
この革新的な技術を用いて
とある島の工場で
ロボットが大量生産されはじめた。
会社名は
ロッスムのユニバーサル・ロボット社
略称 R・U・R(エル・ウー・エル)
社長は
理想に燃えるエネルギッシュな男
ハリー・ドミン。
「十年もしないうちにロッスムのユニバーサル・ロボットが、小麦でも、布地でも、何でもうんと作り出すので、そう、物には値段がなくなるのです。
そのときは誰でも必要なだけ取りなさいということになります。
貧困もなくなります。
そうです、仕事もなくなります。
でもその後ではもう労働というものがなくなるのです。
何もかも生きた機械がやってくれます。
人間は好きなことだけをするのです。
自分を完成させるためにのみ生きるのです」
ロボットは全ヨーロッパ中に輸出され
労働者として重宝に使われている。
そこに会長の令嬢ヘレナ・グローリーが訪れてきた。
「人道連盟」のメンバーである彼女は、連盟を代表して
ロボットたちの人権を
もっと尊重しなければならないと訴えはじめた。
「ロボットたちを人を扱うように……扱うようにするべきです」
(中略)
「なぜ……なぜ……なんでもっと幸福にしてあげられないの?」
この時点でのロボットたちは
彼女が説く権利意識など全く考えもしていない。
なぜなら
彼らには心というものが無く
さらには
痛みを感じるような感覚も全く持っていないから ───
ヘレナはR・U・R社の生理研究部部長ガル博士に
ロボットたちの性能を、よりアップさせるよう頼み込んだ。
社長のドミンや他の重役たち同様
彼女に恋をしていた彼は
それにこたえ
ロボットたちの性能をあげ
彼らに心を持たせたのだった ───
「私は自分の責任でそれをしたのです」
(中略)
「実験として、自分のためにやったのだよ」
10年後───
ヘレナはドミンの妻になっていた。
面倒な仕事はすべてロボットに任せるようになったこの時代
どういうわけか
人類には子供が生まれないようになってしまった。
やがて
世界中に輸出されたロボットたちが一斉に人間に反旗を翻し
人間たちを殺戮し始めた……。
--------
「辛い労働から人々を解放させたい!」
「人権は誰にでも平等にあるべきだ!」
「実現できる可能性の、より高い所を目指したい!」
ドミンやヘレナやガル博士
各々が考えている正義は
大変立派な
まごうかたない正義です。
それなのに
彼らのその想いは
人類を破滅へと導いてしまうんです……。
ものごと
というのは
狭い視点から見た善悪ではなく
一歩ひいた所から大局的に俯瞰し長い目で見てみないと
それが果たして
良い結果に繋がるのか
悪い結果に繋がるのか
簡単にはわからない、って所がありますよね……。
これは100年も昔に書かれた物語ですが
いろんな分野の仕事が次々とAI(人工知能)に任されつつある今日となっては
いかにも
近い将来に起こったとしても、おかしくない話であるような気がします。
この物語
日本に入って来た1923(大正12)年の訳では
「人造人間」
というタイトルが付けられていました。
本書に出て来る「ロボット」は
今日、その言葉から連想される機械的なイメージよりは
切れば血が出る
といった感じの
生々しい、よりバイオ的な存在なので
現代人の感覚からすると
「ロボット」と言うよりは
「人造人間」の方が、イメージに近いような気がします。
この作品の原題は
チェコ語で会社名
「 ロッスムのユニバーサル・ロボット」
をあらわす
「Rossumovi univerzální roboti」(略称R・U・R)
です。
ストーリーを思いついた時
作者のカレル・チャペックが
「この人工の労働者のネーミングはどうしようかな?」
と、絵を描いている最中の兄ヨゼフ・チャペック(画家)に相談した所
「じゃあ、ロボットにしたら?」
と提案されたところから決められたんだそうです。
(カレルとヨゼフの兄弟は「チャペック兄弟」としてコンビで活躍をしていました)
ロボットというのは
チェコの言葉で
「賦役(ぶえき)」──農民のような特定階級の人々に課せられた労働──をあらわす
「robota」(ロボタ)
という言葉があるのですが
そこから、最後に付いている「a」を取ったものだそうです。
ところで
「園芸家12カ月」
というエッセイを読んでいるのですが
「ロボット」の世界とはガラリと趣を変えた
人を喰ったようなユーモラスな文章と
兄ヨゼフの可愛らしいイラストに、ほっこりさせられています。(#^^#)
(こちらもおススメ!)
文筆に、舞台芸術に
二人三脚で大活躍していたチャペック兄弟ですが
作品上で、ナチズムやヒトラーを風刺した事があったことなどから
ナチスには酷く憎まれてしまっていたようです。
1939年3月 ドイツがプラハを占領した時
ゲシュタポはチャペック邸に乗り込み
カレルを逮捕しようと意気込んでいたのですが
彼はすでにその前年に
庭の手入れ中にひいた風邪を悪化させ
肺炎で死亡していたのでした……(享年48歳)
────という事で
カレルには空振りを喰らわされたのですが
兄ヨゼフの方は捕まってしまい
アンネ・フランクらも送り込まれたベルゲン=べルゼンの強制収容所に入れられて
解放直前の1945年4月
命を落としてしまった……ということです……。(T_T)
その他の記事のご紹介(戯曲)
こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。