TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

「来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに……」藤原定家の歌に因まれた悲しい恋の物語。

先日、こちらの

「新版 百人一首(島津忠夫訳注)という本を読んだ折

 

撰者・藤原定家の歌の解説で

「ほほぉ……」

と感じた所がありましたので

 

今回はそのことについて書いてみます。

 

 

中納言 藤原定家(1162-1241)の歌は

百人一首第97番目にあります。

 

 

 

来ぬ人を 松帆の浦の夕なぎに

焼くや藻塩の 身もこがれつつ

 

 

どんなに待っても来ぬ人を待ち

松帆の浦の 夕凪の浜で

焼かれる藻塩みたいに

身も 心も

恋に焦がれて 苦しい私 ──

 

 

「松帆の浦」というのは

兵庫県淡路島の最北部にある海岸

 

「藻塩」というのは

海藻などに海水をかけて塩分を多く含ませたものを焼いて、それを水に溶かし、

そのうわずみを煮詰めてつくる塩のことです。

 

松帆の浦は古来、製塩が盛んな土地で

朝には藻刈り、夕方には藻焼きの光景が見られていたそうです。

 

 

藻塩には

海藻に含まれる、ヨードをはじめ、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルがたっぷり含まれている

───ということで

味はまろやか、健康にも良いんだそうですよ!

 

 

「来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに……」

という

定家の、この歌は

 

百人一首のほか

「定家百番自歌合」にも「新勅撰集」(定家撰)にも入れられているほどの

定家の超自信作なのですが

 

実は

万葉集940番目にある

笠金村(かさのかなむら)が作った長歌インスピレーションを受けているそうです。

 

こちらがその笠金村の歌。

 

 

名寸隅(なきすみ)の 舟瀬ゆ見ゆる

淡路島 松帆の浦に

朝なぎに 玉藻刈りつつ

夕なぎに 藻塩焼きつつ

海人(あま)娘女(をとめ)

ありとは聞けど

見に行かむ よしのなければ

ますらをの 心はなしに

たわや女(め)の 思ひたわみて

た廻(もとほ)り

我(あ)れはぞ 恋ふる

舟楫をなみ

 

 

名寸隅(なきすみ)の船着き場から見える

淡路島松帆の浦

 

朝凪どきには玉藻を刈って

夕凪どきには藻塩を焼いてる

海人(あま)の乙女がいるんだそうだが

 

見に行く手立ても無いものだから

男らしい勇気もなくて

なよなよ女々しく挫けちまって

ぐるぐると迷ってばかり。

 

私はただただ恋してる。

舟も無ければ楫も無い。

 

 

なんとなく、金村のこの歌は

おとぼけ風味というか

コミカルな印象を受けるのですが

 

一方

定家の歌の方はぐっとシリアスな感じ。

 

 

さて

 

定家の「来ぬ人を……」の歌にインスパイアされて

 

今度は中世以後

連歌師たちの間でこの歌を元にした

悲恋の物語が生まれたんだそうです。

 

江戸時代の国学者

平間長雅(ちょうが)

その著書百人一首講座秘注」の中で

次のような物語を紹介しています。

 

 

昔、淡路の国と明石の浦に

「ゆくゆくは夫婦になろう」

と言い交わし合っている男女があった。

 

けれども、一方には主君があったので、二人は思うように逢うことが出来ないでいた。

 

ある時、女が男に言った。

「大丈夫だ、っていう時には、合図として煙を立てますわね」

 

このようにして約束していたのだが

どういうわけか

ある時、女が煙を立てたのに男が来ない時があった。

 

もしかして、あの人は心変わりしてしまったのかしら……

 

疑心に駆られた女は嘆き悲しみ、

ついには海に入って死んでしまった。

 

その後、男がやって来て

事の顛末を聞き、激しく悲しんだという ───

 

 

来ぬ人を

松帆の浦の夕なぎに

焼くや藻塩の

身もこがれつつ

 

 

定家の歌の後から作られた物語ですけれど

こう、重ね合わせてみると

一層ロマンチックで味わい深い感じがしますよね……。

 

笠金村の長歌と言い

藤原定家の歌と言い

 

良い作品というものは

受け手の想像力を刺激して

二次創作、三次創作を生み出させる力がある、ってことなんですね。

 

 

 

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