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戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

井原西鶴「諸艶大鑑/好色二代男」から~長山太夫が恋人の敵討ちを果たすお話「惜しや姿は隠れ里」のご紹介

今回は井原西鶴

1684(貞享元)年、43歳の時に世に送り出した遊里説話集

「諸艶大鑑/好色二代男」

をご紹介いたします。

 

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これに先立つこと2年前

1682(天和2)年に出版された西鶴の小説デビュー作

好色一代男

 

それまで俳諧師であった西鶴を41歳にして小説家に転身させ

 

文学史の上でも

浮世草子時代の幕開けを飾る大ヒット作となりました。

 

主人公の世之介

生れた時からの色好み。

 

わずか7歳にして侍女を口説き始め

9歳の時には行水中の下女を望遠鏡でのぞき見。

 

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「キャー!!」

 

男女問わずの愛の狩人である彼が

一生のうちに戯れ合った女の数は

なんと3742人!

そして男の数は725人!

 

そんな世之介は、物語の終盤で

「もう、浮世に未練が無くなった」と言い出し

 

60歳にして友人達と共に

「好色丸」(よしいろまる)という船に乗り込んで

 

「これから

女のつかみ取りだ~い!」

女ばかりが住む女護の島に船出して

それ以後消息不明……

 

というところで

好色一代男の物語は終わっています。

 

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この「一代男」の大ヒット後に世に送り出されたのが

本書

「諸艶大鑑(しょえんおおかがみ)/好色二代男」です。

 

ここには一応、主人公「二代男」として

世之介が15歳の時にさる後家さんに産ませ、六角堂前に捨ててしまった赤ん坊

世伝(よでん)が出てくるのですが

 

実は、彼は物語の冒頭と最後に

チョロッと申し訳程度に出て来るだけでして

主人公と呼べるほどの存在感はありません。

 

 

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「期待はずれでスンマセン」

 

この物語における世伝

やり手(遊郭で遊女の手配などをする仕事)の「くに」という女性が話す

諸国の色里にまつわる物語を、聞き書きしている立場

という事になっています。

 

この「取って付けたみたいな感じ」は恐らく

「一代男」が西鶴の思惑以上に読者に受けてしまい

読者側にその続編を望むようなところがあったため

 

もともと遊里説話集として書いていた「諸艶大鑑」

急遽、世之介の落し子世伝の話を

「二代男」としてくっ付けたんじゃないか?

と言われています。

 

なので

 

これは

二代目世伝の波乱万丈の愛の遍歴!

みたいな話では全然なくて

 

日本全国の遊里にまつわる

あんな話こんな話をまとめたもの

 

となっています。

 

ですから

好色一代男」のように

はっちゃけた面白物語ではないのですが

 

それよりはかなり実録に近い分

光もあれば影もある

遊里の実相が描かれており

 

これはこれで

大変に興味深い内容となっています。

 

今回は

その中から印象に残ったお話をひとつ

ご紹介いたします。

 

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「諸艶大鑑/好色二代男」

巻七から

 「惜しや姿は隠れ里」

 

 

江戸の盛り場が本吉原だった時

三浦四郎左衛門が経営している置屋

長山(ちょうざん)という太夫があった。

 

彼女は没落した名家の娘で

十五歳の秋にこちらに買われて来たのだが

姿は美しく、気立ても優しかった。

 

やがて彼女は

下谷の車坂に身を潜めていた浪人者と

本気の恋仲になっていった。

二人は二年ほど付き合ううちに

互いに命を捨てても惜しくないほど、思い合うようになっていった。

 

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仙台から来た角弥(かくや)という名のこの浪人が

ある時、彼女にこう告げた。

「私はどうしても国許へ戻らねばならぬ首尾となった」

 

衝撃を受けた長山が

「こうなったら、いっそ私を刺し殺してから行ってください」

と狂ったようになって嘆き悲しむのを、角弥はどうにかなだめすかし

「夏ごろになったらまた江戸にのぼって来れるだろう。大願が叶ったら……きっと……」

そして

「これは、そなたには似合わないものではあるが、また逢える時まで預けて置こう」

と彼女に手持ちの刀を手渡した。

 

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その場にいた遣り手や禿(遊女見習の少女)たちが

「これは……、太夫様が持っていても仕方がないのでは……」

と言う中、長山は

「女だからと言って、自害する時に舌を噛んだり首をくくったり、剃刀を使うなどというのも手ぬるいことじゃ。刀の必要となる事もあるでしょう」

そう言って、刀を受け取った。

 

やがて、男は奥州へ下って行った。

刀の銘は来国次。

二尺三寸で傷が無いため、「欲しい」という人も出てきたが

長山はそれを手放さなかった。

 

年は暮れ、明けて春の初めとなったが

男からの便りは無かった。

 

長山が寂しさに堪えながら過ごしている時

仙台から角弥の友人だという侍が、遊女仲間、小太夫の所にやってきた。

 

長山は嬉しくなり

「角弥様は?」

と尋ねた所

 

角弥のその後の

悲しい運命が明らかになってしまった。

 

江戸を離れて国許に戻った彼は

兄の仇である細井治という侍を討とうとしたのだが

 

少し前から眼病を患っていたせいで

間違えて、その下人に切りつけてしまい

治介によって返り討ちにされてしまったというのだ。

 

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内心、激しく動揺したものの

長山は人前では涙もこぼさず

「定めがたき、人の身じゃもの……」

と静かに杯を置き、宿に帰って行った。

 

座敷に残った人々は

「女郎ほどサッパリしたものは無いな。どうせ、その程度の思い入れだったんだろうよ。まあ、病になって来なくなった男や、年を取って分別して遊里通いをやめた男のことまでいちいち気にかけてたらキリがないからな」

と笑った。

 

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宿に戻った長山は、親方に思い極まった様子で頼み込んだ。

「お客さんから頂いた着物や道具は全部ここへ置いていきますから、私を仙台の色街に売ってください。

もしそれが叶わないようなら、私はもう、この世には生きておられぬ女です」

 

そこで親方も思案して

のぞみ通り、彼女を仙台の松嶋屋小兵衛方へやったのだった。

 

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江戸の太夫が下りて来た、と評判になり

長山も真心を尽くして勤めるうちに

やがて

かつての角弥と同じくらいに

深く心の通じ合う男が出来た。

 

男の名は吉沢権八

彼は角弥の朋輩であった。

 

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彼女が心に秘めた決意を打ち明けると

権八は涙を浮かべながらこう言った。

 

「遊女の身でありながら、恋人の敵討ちを誓うとは、なんと立派な心掛けであろう。

頼りない拙者にこのような大事を打ち明けてくれたのだ。力添えしないわけにはいくまい。

角弥の仇、細井治介はこの遊里にも時々訪れて、京屋の玉川に会いに来るらしい。そのうち心のままに討たせてやろう。拙者もこの事を請けあった。明け暮れ心がけて置こう」

 

しかしその後

治介が姿を現さないまま、百日が過ぎてしまった。

 

権八は、表向きは長山と距離を置き

浅香という女郎に入れ込んでいるふりをしていたが

実は、長山との連絡は欠かさないでいた。

 

さらに日が経ち

秋が過ぎ、雪の降り始める日。

 

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大勢の侍が遊里を訪れて来た中に、治介の姿があったぞ

権八から長山に知らせが入ってきた。

 

治助の定宿京屋には

大勢の女郎や若い者たちが集まって

騒いだり歌ったり踊ったりしている。

 

治介はお気に入りの遊女玉川と床に入りに行った……

 

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やがて

玉川が床を後にして部屋を出ていった時。

 

長山は治介の寝姿を見すましながら

「角弥の女が討つぞ!」

と言って斬りつけた。

 

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すかさず

物陰から山伏姿に身を変えた権八

飛び掛かって治介を刺し殺す。

 

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宿はたちまち大騒ぎになり

大勢の人々が二人を追って来たが

権八は、かねて用意しておいた車長持に長山を乗せて逃げ

人々は二人の行方を見失ってしまった。

 

暗い夜道を四里半ばかり

山里を忍んで逃げている時

 

人里近くになった所で

 

抜身の刀を持ちながら

足音も立てずに近づいてくるものがあることに気が付いた。

 

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雪灯りの中

近づいてきたのは

 

まさしく

今は亡き角弥の面影である。

 

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彼は長山と権八にニッコリと笑いかけると

そのままスーッと姿を消してしまった。

 

その後

 

山里深く身を隠した長山は

二十三歳で髪を下ろし

尼になったという話である。

 

 

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好色二代男 (1958年) (岩波文庫)

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 こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。

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台風スウェル

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