もうすぐ夏休みが終わり
新学期が始まりますが
幼稚園や中学高校に通うお子さんをお持ちの親御さんは
お弁当作りをしなければならない日々が戻って来る事に
ちょっとため息かもしれませんね。(^^;)
お弁当と言えば
近頃は笑えるくらいに悲惨なお弁当の写真が
インスタなどにアップされて話題となったりしておりますが
このように気軽に世間の人々とネタを共有し合える手段の無かった三十数年前
中学高校生であった私自身も、実はなかなか
強烈な弁当ライフを経験しています。
思春期の女子中高生といえば
周囲の目が気になって気になって仕様がなく
お弁当だって
なるべく可愛く彩り豊かにしてほしい!
だから
いくら美味しくたって
茶色一色のお弁当はやめて!!
───なんて。
世間では
そんなお嬢さん方の意見も
しばしば小耳にはさみますけれど
当時うちの母が私に作ってくれたお弁当は
基本「昨夜のおかずの残り物+ご飯」という組み合わせだったので
茶色一色なんていうのは
ほとんどスタンダードでした。
それどころか
おかずがカレールーとかおでん
なんて事もしょっちゅう……。
カレーの場合は
見た目のインパクト以外にこれといった実害が無かったから良かったのですが
おでんの場合は
竹輪やらガンモドキから
汁がビタビタに染み出して教科書やノートを汁まみれにしてしまい
えらく大変でした。
(それ以後、用心のため弁当箱にビニール袋を被せて持って行くようになりました)
高校に入学してすぐの頃
新しく仲良くなったばかりの友人たちの間に
多大な衝撃を与えてしまったのが
サンマ弁当です。
ご飯脇のおかずスペースに
頭から尻尾までついた丸々一匹のサンマが
バキバキに折られて突っ込まれているそれは
世間一般の女子高生が考える
「お弁当❤」
というものの概念をはるかに超えた
あまりにもワイルド過ぎる弁当でした。
それ以後、しばらくの間
私は友人達から「サンマ」と呼ばれるようになり
誕生日には、どこぞの水族館で買ってきたらしいサンマのぬいぐるみをプレゼントしてもらったりしたものです……。
また
その当時、我が家の隣には一人暮らしのお婆さんがいて
回覧板を持って行ったり顔を合わせたりするたびに、よく板チョコをくれたのですが
その板チョコがちょっと食べきれない位に増えたりすると
そのまま弁当のサンドイッチに流用される事もしばしばでした。
一切の手を加えることなく
丸ごとそのままパンの間に挟まれているだけなので
やたらと分厚いサンドイッチは、持っても決してしなることがなく
食べるとボリボリ固いんです。
まあ、チョコレートだから美味しいんですけどね……。
友人たちは
「それ、ほとんどオヤツじゃん。いいなあー」
と言いながら
半笑いで見ていました。
これ以外にも
食べきれないもらい物を弁当に流用するというパターンは結構ありました。
他所から頂いたお土産の温泉饅頭が
弁当のご飯の中に
包装ビニールにくるまれたまま
ポンポンポンと三つほど埋蔵されていたこともあります。
箸先にカサカサとビニールっぽい感触があり
「え?」
と思いながらほじくっていったら
温泉饅頭が発掘されたとき。
弁当に関しては、ちょっとやそっとの事では驚かなくなっていた私も
さすがに目を疑ってしまいましたよ。
帰宅してから
「ちょっと、何なのあれ!」
と文句を言うと
母はちょっと得意げな顔をして
「受けた?」
と笑っていました。
今にして思えば
うちの母の場合
弁当作りが面倒だからいい加減になっている
というのに加え
受けを狙っている
という部分もあったように思えます。
幸い、私は神経が図太かったのと
周囲の友人達も皆優しかったので
これがために
いじめられるようなことは無かったのですが
神経の繊細な子が
これと同じような事をされたら
ちょっとキツいものがあるでしょうね……。
─── とはいえ
これまでの弁当はインパクトは強烈とはいえ
実害は教科書やノートを汁でビタビタにする程度だったから
まあ良かったのですが
一番厄介だったのは
校舎にまで被害を及ぼしてしまった
カレーチャーハン弁当なんです。
おそらくフライパンにこびりつかせないために油をドバドバ使用して作ったと思われるそれは
弁当箱からカレー油を大量に染み出させていて
その黄色いオイルは弁当箱を包んでいるビニール袋の三角の隅に溜まって
タプタプしているほどでした。
ビニール袋の中でヌラヌラしているそんな代物を
机の上に出したり置いたりすることは到底出来ないため
私はそれを三階の
棟と棟を繋いでいる渡り廊下に持っていきました。
(そこは屋根が無い戸外の空間になっていました)
手すりの下の台みたいになっているコンクリート部分に、弁当を包んでいたビニール袋を恐る恐る剥がして敷き、その上に油まみれの弁当を置いて
苦心惨憺しながらも
どうにかこうにか無事に食事をとることが出来ました。
(その間、渡り廊下で一緒にお弁当を食べてくれた友人たちの優しさよ)
しかし!!
食事を終えてから気が付いたのですが
ビニール袋から染み出していたカレー油が
それを置いていたコンクリートに
ベットリと染みついてしまっていたのです。
それ以来
かなりの長い間
そこに残ったカレー油のシミと共に
このカレーチャーハンの事は
語り草になってしまったものでした。
いやあ~……
今となっては懐かしい青春の一ページですが
なかなかのインパクトでしたよね。
でも自分が親になってわかったのですが
お弁当作りって本当に面倒くさいんですよね。
見た目的にはともかく
味はちゃんと美味しく食べられるものだったので
中学高校の六年間
お弁当を作ってくれた母には感謝しています。
でも
こんな弁当を家族に持たせるのはとっても危険なので
良い子は決して
まねをしないでね!
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全裸で飛行機に乗りたがる人って結構多いみたいですよ。
コンパスみたいな歩き方をすると、ちょっと速く歩けるヨ!
こちらは私の小説です。よろしくお願いいたします。