今回はイギリス(アイルランド)の作家
ジョナサン・スゥイフト(1667-1745)による
「ガリヴァ旅行記」
のご紹介をいたします。
小人の国に漂着して、夥しい数の小人たちによって縛り付けられてしまうガリバーのイメージはよく知られていますが
この物語の全容って意外と知られていませんよね。
縛られてるガリバーが尿意を催し
オシッコを放出して小人たちを驚かせるシーンがあるなんて知ってました?
(私は知りませんでした……)
なにしろあまりジャージャーやったもので、奴さんたちの驚くまいことか、さいわいに我輩の恰好で何をやり出すかはちゃんと分ったと見え、奴らはたちまち左右に道を開いて、滔々(とうとう)と岩に激して落下する急湍(きゅうたん)は避けた。
子供向けの本に紹介されているガリバーの冒険は
第一編にある小人の国と第二篇の巨人の国
この2つの国しか紹介されていない場合が多いのですが
実はこの物語の真骨頂は
それ以降の部分にあるんです。
(内容が過激なのでお子様には刺激が強すぎるという扱い)
人生いろいろ上手くいかず
(※出世欲が猛烈に強いにも関わらず、空回りばかりして冷や飯食い)
すっかり人間嫌いになってしまった作者スゥイフトの
人間社会へのあてこすりや風刺がたっぷり込められているこの物語は
かなり
キツい&エグい内容となっています。
しかしながら
そこがまた
この作品の面白い所でもあるんですよねぇ。(^_^;)
内容は
簡単にまとめるとこんな感じになります。↓
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語学堪能で冒険心と好奇心が旺盛な医師ガリバー(イギリス本国に妻子あり)は
航海の旅に出るたびごとに、仲間とはぐれてたった一人で奇妙な土地にたどり着くことになります。
彼は現地にいる摩訶不思議な住人達と交流し
かなりの長期間(数か月~数年)現地に滞在するうちに
すっかり現地に馴染んで行きます。
やがて、ひょんなことからイギリスに戻れる事になり本国に帰るのですが
冒険心が抑えられずに再び航海の旅に出て
また不思議な国にたどり着き──
(そしてまたまた現地化して……という繰り返し)
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ガリバーがたどり着く国々の
バラエティー豊かなヘンテコ具合も非常に面白いのですが
彼の語り口や
自称が「我輩」である所なども
なんだか人を食ったような感じがして
辛辣な内容ながらも
どことなくトボけたようなおかしみが漂ってきます。
(私が読んだ新潮文庫版の訳は、英文学者の中野好夫が手掛けています)
ガリバーがたどり着いたのは
以下の国々です。
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第一篇
リリパット(小人の国)
ここで彼は王様に気に入られ、重臣として重用されるのですが
そのうち色々と七面倒くさい目にあって失脚し
対岸にある敵国(こちらも小人の国)へ亡命してしまいます。
やがて、浜辺に転覆していたボートを発見した彼は
それに乗ってイギリスに帰国します。
第二篇
ブロブディンナグ(巨人の国)
ここでの彼は、王妃様のペットとして可愛がられます。
お世話係になった農夫の娘とも、温かな心の交流があります。(ほのぼの)
国王陛下から質問を受け、イギリスの事や人類(巨人である彼らから見たら虫みたいな存在)の事を話したりもします。
両陛下から大変に大切にされ
なかなか良い暮らしをしてはいるのですが
所詮はペット扱い。
やがて彼は、大鷲に住居の木箱ごと攫われ
海に落とされた所を、通りかかった英国船に助けられ本国に帰還します。
第三篇
ラピュタ(空の上の島)
この国の支配層はインテリ具合の度が過ぎていて、いつでもボーッと深い思索に耽っているため、日常生活に支障をきたしまくり。
ここで主流の学問や科学は、机上の空論ばかりで実用性には欠けています。(でもそれが絶対正義なので逆らっちゃイケナイ)
(ジブリにもこれをモチーフにした映画がありますね)
ラピュタ国王が支配する地上の国バリニバービは、昔は豊かな土地だったのですが、
最新式の科学に引っ掻き回され、今では滅茶苦茶になっています。
イギリスに帰りたくなってしまったガリバーは、
太平洋に出てラグナグ→日本というコースを経由してヨーロッパに戻ろうと思いました。
その途中でグラブダブドリップという魔法使いの島に立ち寄ります。
グラブダブドリップ(魔法使いの島)
ここの酋長は死人を24時間だけ蘇らせることができます。
ガリバーは歴史上の有名人達を次々に蘇らせてもらい
彼らから色々な話(事件の真相とか彼らの本音とか)を聞かせてもらいました。
ラグナグ(東洋の王国)
ラグナグに着いたガリバーは、国王に気に入られます。
この国ではたまに、不死の人間ストラルドブラグが生まれる事があると聞き、ガリバーは「ワーオ、なんて素敵なんだ!」と思ったのですが……
不死ではあるものの不老ではないストラルドブラグの実態は
あまりにも悲惨なものでした。(老いの悪い面が凝縮された形……)
日本
ここでガリバーはオランダ人の振りをします。
(鎖国中の日本はイギリスとは交易していないから)
彼は国賓のような扱いを受け、江戸まで行って将軍様(ガリバー曰く皇帝)にご拝謁しました。
将軍の兄上は何とラグナグ国王なので大変な厚遇。
「何なりと願いを申せ」
と言われたガリバーは
「長崎まで送り届けてください。あと、踏み絵だけは勘弁して下さい」
と頼みました。
願いは聞き届けられ
オランダ経由で無事イギリス帰還。
第四篇
フウイヌム国(叡智を持つ馬が支配する国)
非常に高い知性と立派な品格を持った馬(フウイヌム)が支配しているこの国では
真っ裸で野獣のように暮らす、野蛮で頭カラッポの人類が「ヤフー」という名で呼ばれています。
ヤフーは極めて獰猛で悪い習性ばかりを持っているため、家畜以下の害獣扱いとなっています。
(ガリバーは彼らと同一視されるのを嫌がる余り、ヤフーを徹底して嫌い抜きます)
「知性を持つ唯一のヤフー」としてフウイヌムと親しくなったガリバーは
自分が暮らしていた世界では、人類にも文化や知性がある事を彼らに説明するのですが
説明しているうちに人類のロクでもなさが次第に自覚されていき
ヤフー(人類)の劣等性に
とことん嫌気がさしてきます。
そして、素晴らしい美徳を備えたフウイヌム達に心底尊敬の念を抱くのですが
やがてフウイヌム達の間から、知性を持つヤフー(ガリバー)の存在を危険視しだす声が上がりはじめます。(ヤフーのリーダーになって奴らをそそのかしかねないとか何とか)
彼は仲良しのフウイヌムから
「船を造ってお逃げ」
と言われ
カヌーを造り、泣く泣く(今や彼はフウイヌムぞっこん大好き、ヤフーなんて大嫌いと言う思考なので)
忌まわしいヤフーの世界(妻子の待つ故郷)に戻って行ったのでした。
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よくもまあ、
こんなに次から次へと奇想天外な事を思いつき、説得力のある文章が書ける物だなあと感心してしまいます。
大変に面白い冒険譚なのですが
読後感は
なんだか気持ち悪いです。
なぜかというと
最終篇の
フウイヌム国訪問記の
ガリバーが怖いから。
( ;∀;)
すっかりフウイヌムに心酔しきっているガリバーは
自分だってヤフーであるにも関わらず
他のヤフーを完全に蔑視し、その事に対し一切の疑問を持ちません。
だから
彼らを殺してその体を材料として使うことにも
何の躊躇も感じなくなってるんです。
(T_T)
脱出用の船を造るこのくだり
船はヤフーの皮で張って、我輩手製の麻糸で縫い合せた。帆もやはりヤフーの皮で作ったが、これは年をとったのでは、皮が硬く、厚くて困るので、できるだけ仔ヤフーを使うことにした。
え~ん、
気持ち悪いよ~!!
(ノД`)・゜・。
巨人国から戻って来た時にも
感覚がすっかり巨人国仕様に馴染んでしまっていたため
周りの人が全て小人であるかのような錯覚に陥ってしまったガリバーは
フウイヌム国から戻ってきた時には
妻子を含め周り中の人々を
「汚らわしいヤフー共め!」
なんて言って
すっかり蔑視するようになってしまいました。(-_-;)
ちなみに
インターネットサービスなどで知られる
Yahoo!の名前の由来は、このヤフーなんだそうですよ。
創設者のジェリー・ヤン(楊致遠)とデビッド・ファイロが、自分たちを「ならず者」だと考えていたために、この名前を付けたんだそうです。
それ以外にも
「ヤッホー!」を意味する「yahoo」や
「Yet Another Hierarchical Officious Oracle」(さらにもうひとつの階層的でお節介な神託)
などの言葉が掛けられているそうです。
栄達の野心を持ちながらも、ことごとく報われなかった作者の
人間なんてロクでもない
という
ヒネクレ感情をぶちまけた風刺物語。
それでも
第一級の娯楽作品として仕上がっているのが流石です。
(作中に溢れるユーモア感覚からすると、相当、醒めた目でものごとを客観視できる部分があったんでしょうね)
スウィフト自身、この物語は
「人を喜ばせるためではなく、怒らせるために書いた」
と語っているそうです。
ものすごーく気持ち悪いけど
ものすごーく面白かったです。
人間を下等下劣な存在だと
決めつけるようになってしまったガリバーは
かなり狂気に近いように見えるのですが
彼自身が全くそれに気づいていないという……
このおぞましさ
スウィフト自身は
どれだけ自覚して書いたんでしょうねぇ……
(自覚していなかったらすごく怖い……)
今回私が読んだのはこちらの本です。
こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。