TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

「他人に使われる事の嫌さ」について、つくづく考えてみました。

私は他人に使われることが嫌いです。

私ばかりではなく

たいがいの人は、きっとそうですよね。

 

なにごとも

自分からやりたいと思ってやることは苦にならない。

むしろ

楽しかったりするものだけれども

 

他人から

「やれ」

なんて言われると

途端に苦痛に感じてしまう。

 

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押し付けられたことを渋々やる時の

面白くなさといったらないですよね。

 

人から指図される事って

なんであんなに

不愉快なんでしょう?

 

勉強をする気になっていた矢先に、親から

「勉強しなさい」

と言われると

途端にやる気が消し飛んでしまう。

 

そんな経験をお持ちの方は多いと思いますが

 

あの心理って、なんなんでしょうね?

 

多分

元々やる気満々だったのなら

そんな言葉一つで心をくじかれたりはしないんだと思います。

 

けれども

 

ほとんど無かったに等しいような

乏しいやる気を振り絞り

ようよう重い腰をあげた所に

 

「やれ」

なんて余計な言葉を掛けられてしまうと

 

それによって突き転ばされたような感じになっちゃって

 

もう二度と立ち上がる気を無くしてしまう。

 

 

せっかく自発的にやろうとしていたのに

まるで

 

「指図されたから勉強を始めた」

「勉強したのは指図があったから」

 

みたいになってしまうところにも

 

忌々しさというか

腹立たしさというか

 

面白くなさを感じてしまう部分がありますよね。

 

まあ

そうは言っても

 

本当にやるべき事であったなら

 

他人の言葉がどんなに気に障ろうとも
そんなものにはいちいち心を動かされず


やるべき事はやるべきです。

 

だってやらなくなった結果

自分が不利益をこうむるのだとしたら

バカバカしい話ですから。

 

けれども

 

やらなくても良いと思う事なら

断固としてやらない。

 

そういう決断と行動ができるように

常に自分の心を

強く持っておくことも大切だと思いますよ。

 

心底やらなくても良いと思っているようなことを、無理やり他人からやらされた結果

自分が不利益をこうむるのだとしたら

これまた

バカバカしい話ですから。

 

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他人に使われるのが嫌、というのには

それ以外にも

 

他人に生殺与奪の権を握られ

自由が奪われるのが嫌

というケースもありますよね。

 

生計を立てるために組織に属している人は皆

この状態にあるわけですが

 

それでも

周囲の人が良い人で居心地が良いのならば

あんまりこういう事は考えないでしょう。

 

ただ

ブラック企業だったり

パワハラするような嫌~な人がいたりすると

これって切実な問題ですよね。

 

他人に使われるのが嫌だからと

会社などの組織に属する事を拒み

フリーランスになる事を選んだとしても

 

それはそれで

取引先とかクライアントなどからの無茶な要求を拒むことが出来ず

 

気が付いたら思いっきり

都合よく使われまくっている

 

そんな状態に陥ってしまう事

ありますよね……。

 

 

これって

従属度の強弱はあるでしょうけれど

 

子供から老人に到るまで

社会の中で生きている

ほとんど全ての人が当てはまるのかもしれません。

(親子、夫婦、学校、老人施設、病院などなど、どんな所でも「生殺与奪の権が他人に握られてしまう」ことはありえます)

 

完全にどこからも自由!!

っていう状態なんて

人間社会で生きている限り

どこにも無いのかもしれませんね。

 

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 とはいえ

 

優位の立場にあるものと劣位の立場にあるものの関係が

良好であるのなら別に問題はないのですが

 

もし、そうではなくて

苦しい状態にあるのだとしたら

 

劣位の立場に置かれている人は

優位のものへの依存度を少しでも減らすように

 

自分を生かすための別の道

心づもりし

自立の準備を着々と進めておいた方が良いと思いますよ。

 

苦しいさなかに置かれている時って

心が苦しみの中に凝り固まってしまいがちなので

 

「自分の置かれている、この世界だけが全て」

みたいに思ってしまいますが

 

少し視点をずらしてみれば

その外側には

もっと大きな世界が広がっています。

 

そこにはきっと

自分を生かしうる別の道もあるはずですから

 

ちょっと一息入れてリラックスして

視点を変えてみるのも良いかもしれません。

 

 

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他人に使われることの嫌さの中には

もうひとつ

 

他人に心を翻弄され

心が疲弊するのが嫌

というのもありますよね。

 

不愉快な人や不可解な人が身近にいると

 

「何でここでそういう事をするんだ?」

「何考えてるんだかわかんない」

 

というような事をされ

心を大いに乱されてしまう。

 

これって本当に、嫌ですよねえ。

 

不愉快な人の存在感って

良い人に比べて何故か異常なくらいに大きいから

どうしても心が乱されることが多くなってしまうけれど

 

そういう人の事は、自分の心の中で

まともに取り上げるをやめにするしか仕方がありません。

 

他人の性格など、治しようもないのだから

なるべく関わらないようにするしかないんです。

 

おそらく

そういう人というのは

過去から今までずーっと他人から嫌がられてきて

しかも性格を改めようとしない

筋金入りの困った人です。

 

まともに関われば関わるほど

こちらが疲弊してしまうので損しかありません。

 

 

ですから

これはもう天災のようなものなので

 

心にシャッターを下ろし

彼ら彼女らの言動などは

いちいちまともに取り合わないようにしましょう。

 

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人の世に生きていると、

残念ながら

「人に使われる」という事は、

否が応でも避けられないんですよね……。

 

それでもそれなりに

心穏やかに過ごせれば良いのですが。

 

たまに

昔の人が

人里離れた所に隠遁したい。

なんて言ってた言葉が

すごくわかるような気がします……。

 



 

 

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台風スウェル

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