TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

モリエール作「ドン・ジュアン」ダイジェスト~世界一有名な色男の末路は、かなり悲惨なものでした。

今回は

ルイ14世時代のフランス

王様お気に入りの芝居座長として活躍していた

モリエールの戯曲ドン・ジュアン

の、ご紹介をいたします。

 

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女性をメロメロにさせる物語上の色男と言えば

わが国では

光源氏在原業平

そして現代ではちょっとマイナーになってしまいましたが

「春色梅暦」の丹次郎などがいます。

 

これが西洋ということになりますと

何といっても一番有名なのは

ドン・ジュアン

(ドン・ファン)です。

 

スペインに起源をもつ

伝説上の女たらしドン・ジュアン

 

その名前は

みなさんもお聞き覚えがおありかと思いますが

 

さて

それって、どんな物語なのでしょう?

ドン・ジュアンって、どんな人物なんでしょうね?

 

それでは

1665年に上演された

モリエール版の

ドン・ジュアン

ちょっとみてみましょうか。

 

 

はじまり、はじまり~

 

 ♫ズンチャッチャ ズンチャッチャ~♪

 

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 --------

おはなし

(会話は内容をまとめて、かなり縮めてあります)

第一幕

 

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物語の舞台はシシリー島

 

 病的なまでに女好きの貴族ドン・ジュアン

 

熱烈に口説き落として強引に妻にしたばかりの修道女ドーヌ・エルヴィールに、早くも飽きがきてしまっている。

 

彼は次なる恋を追い求め、従者のスガナレルを連れて旅に出たところだった。

 

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愛のハンター ドン・ジュアン

 

二人の後を追ってきたドーヌ・エルヴィールの家来ギュスマンが、スガナレルを捉まえて詰め寄っている。

 

 「いきなり旅に出るとはどういうわけだ。まさかとは思うが、浮気じゃないだろうな?あれほど熱心にうちの姫様を口説き倒し、修道院の垣根まで乗り越えて結婚しておきながら、まさか姫様を捨てるつもりじゃないだろうな?」

 

「いやあ……うちの旦那は、言っとくけど大悪党だよ。あの人にとっちゃ結婚なんて別嬪さんを捕まえるだけの罠。空手形に過ぎんのさ。あっちこっちで嫁にした女を数え上げてたら日が暮れちまうほど……あ、うちの大将がやって来た!」

 

ドン・ジュアン登場。

「さっきお前と喋っていたやつ、エルヴィールんとこのギュスマンそっくりだったな」

「その通りです」

「何でやつがこの町にいるんだ?」

「あいつの心配の種は、旦那様にもお察しがつくと存じますが……」

 

 

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忠実な(?)従者 スガナレル

 

「おれは一人の女に義理立てして、新しい恋を我慢するなんて真っ平ごめんの男なのさ。

口八丁手八丁を尽くして若い美女の心をなびかせ、かよわい抵抗のことごとくを打ち破るのが恋の醍醐味なんじゃないか。それの何が悪い」

 

「いや~まあ~そうかもしれませんけど、さすがに毎月のようにご結婚あそばすのは……」

「愉快じゃないか?」

「いや~しかし~、神様とのお取り決めを……あんまりないがしろになさいますと……」

うるさい。知るか!そんな事より、おれはこれから、とあるカワイ子ちゃんをその娘の許嫁から掻っ攫う計画なんだ。二人が舟遊びに出るらしいから、そこを狙って行くつもりさ」

 

二人がそんな事を話している時

追いかけて来た

妻のドーヌ・エルヴィールが登場。

 

さすがに気まずい顔つきになるドン・ジュアンである。

 

 

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修道女だったのにドン・ジュアンに強引に口説かれ、還俗して結婚したとたんに飽きられ、捨てられてしまったドーヌ・エルヴィール

 

 

ドーヌ・エルヴィールが言う。

「もしやもしやと思っておりましたが……あなたが私の元を去って行かれた理由は……」

 

ドン・ジュアンバツが悪そうに

「あ~……、その理由は、……このスガナレルから聞いてください」

 

 

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いきなり話を振られ、あたふたするスガナレルにドーヌ・エルヴィールが迫った。

「スガナレル、教えておくれ」

 

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スガナレルは言葉を慎重に選びながら苦し気に説明した。

「あ~、奥様、……征服者、アレクサンダー、それに、別の世界……こんなところでしょうか……これ以上は申し上げられません……」

 

事情を察したドーヌ・エルヴィールは呆れ、悲しみ、腹を立ててしまった。

 

「どうしてせめて、上辺だけでも、お前をずっと愛していると取り繕って下さらないのです?そんな風にオロオロなさっているのを見ると、情けなくなってきますわ!」

 

ドン・ジュアンが言い訳をする。

「いや、決してそういうわけではなく、修道女であったあなたを連れ出してしまったことにより、神罰が下るんじゃないかと、……そういう良心的な考えからこういう行動になったわけでして」

 

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彼の下手な言い訳に

ドーヌ・エルヴィールの怒りはますます募るばかり。

 

「そんな風に神様を馬鹿になさるような真似ばかりなさっていると、そのうち天罰が下りますからね。神様なんか怖くないというのなら、せめて傷つけられた女の執念を恐れるが良い!

 

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捨て台詞を残して彼女が去って行ったあと

 

ドン・ジュアンはケロリとした顔で

「さーてと、例のカワイ子ちゃん強奪作戦の手立てを考えなくちゃ♪」

 

 

 

第二幕

 

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ここは海辺に近い田舎。

 

村の若者ピエロが恋人のシャルロットに話をしている。

 

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「さっき、友達のリュカと二人で、海に溺れてた紳士(ドン・ジュアンとスガナレル)を二人助けてやったんだよ」

 

カワイ子ちゃん強奪作戦に失敗して転覆し、溺れかかった二人は

助けてくれたピエロの家で着物を乾かしていたのだが

美人の村娘マチュリーヌがやってきた途端

ドン・ジュアンは早速色目を使い出したらしい。

 

「それはそうと、シャルロット、おらの事本当に好きなら、もっと優しくしてくれてもいいじゃんかよぅ」

ピエロとシャルロットは許嫁で、もうじき結婚することが決まっている。

 

「あら、優しくしてるじゃない」

「おめえはちっと、情が薄すぎるんだよぅ」

「そんな事は無いでしょ……

あらっ?ピエロ、あれがあんたが助けたって言う、例の旦那?」

「うん、あの人だよ」

 

向こうにちらりとかいま見えたドン・ジュアンの姿に

シャルロットは惹きつけられている様子。

「……いい男ねえ」

 

 

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しかし無邪気なピエロは、何の懸念も抱かない。

「おいら、ちょっと疲れちまったから一杯ひっかけて来るけど、すぐ戻るから」

そう言ってその場を立ち去って行ったのだった。

 

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ドン・ジュアンとスガナレルが話をしている。

 

「いや~、参った参った、急に突風が吹いたせいで艀はひっくり返るし、おれの計画も水の泡。

でも、さっきの百姓娘(マチュリーヌ)はめっけモンだったな。

計画は失敗したけど、あの娘の可愛さでそんなのはもう帳消しだ。

よーし、絶対に物にしてみせるぞぉ」

 

「はぁ~、この旦那様と来たら……。死にそうな目をまぬかれた途端に、神様にお礼を申し上げるどころか、またしても神様のお怒りを招くような浮気ザタ……」

 

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そこでドン・ジュアン

シャルロットに気が付いた。

 

「ややや、またしても、さっきの娘とは別口の百姓娘を発見。

おお~、こっちのコもさきのコとは負けず劣らずのカワイコちゃんではないか!」

 

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ドン・ジュアンは早速シャルロットに声を掛けた。

 

「娘さん、あなたはなんて美しいんだろう。しかも目元は利口そう。

ああ、なんという可愛らしさ、なんて惚れ惚れするような歯並び。

ふるいつきたくなるような唇。

こんな魅力的な娘さん、私は今まで会った事がありません。

思わずうっとりしてしまいましたよ」

 

言葉のかぎりを尽くして褒めちぎる彼に、シャルロットは気分が良くなり、心はすでにグラグラである。

 

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「娘さん、あなたはまだ結婚していませんよね?」

「ええ、でも、もうすぐピアロと一緒になる事に決まっておりますの」

 

「なんですって!?あなたほどの美しい人が、

ただの土百姓の女房になるですって!?

そんなの絶対にいけません!

私の妻になるべきです!

 

「まあ……嬉しい。でも私、……騙されてるとしたら嫌ですよ?」

 

「騙すわけ無いじゃないですか!

神に誓っても良いくらいだ!

 

「ああ、お誓いにならないで。私、あなたを信じますわ」

 

そこにピエロが戻って来て、

このありさまに驚愕してしまった。

 

「お、おい、ちょっと、旦那さん!

おらの嫁っこにチョッカイ出すのは

やめてもらいてえ所だな!」

 

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しかしドン・ジュアンは、彼に対してはひどく横柄で乱暴である。

 

「やかましいわ!」

 

怒鳴りつけるばかりか、叩いたり殴りつけたり。

 

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「死にそうな所を助けてやったのに、この恩知らず!

 

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ピエロの怒りはシャルロットにも向いた。

 

「おめえもおめえだ。

男にちやほやされて黙ってるなんて、この浮気者

 

しかしシャルロットは澄ました顔で

「あたしはこの旦那と結婚するの」

 

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「チクショー!この顛末を、おまえの伯母さんに言いつけてやる!」

憤然としてピエロが去った後

 

ドン・ジュアンはシャルロットに囁いた。

「私は男の中で一番の果報者です。あなたが妻になってくれたら、どんなに嬉しい事でしょう……」

 

ところがそこへ

マチュリーヌがやって来た。

 

「あら、旦那さん、そこでシャルロットと何のお話をなさっているのかしら?」

 

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ドン・ジュアンは慌てて

「いや、彼女が私の女房になりたがってるんですが、私はあなたと約束済みだと答えていたところでして……」

 

すると今度はシャルロットが問いただす。

「マチュリーヌがあなたに、なんの御用があるんですの?」

 

ドン・ジュアンは彼女の方を向き

「いや、彼女は、私があなたと話しているのを見て妬いているんですよ。どうやら女房にしてほしいみたいなんで、私の欲しいのはあなただ、って言ってやりました……」

 

キーッ!とした顔で

火花を散らし合う

シャルロットとマチュリーヌ。

 

「旦那さんはあたしと結婚するのよ!」

 

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「お生憎さま、旦那さんはあたしと結婚するんですよーだ!」

 

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二人は次第に逆上し、ヒートアップしてきてしまった。

 

「旦那さん、喧嘩の片をつけてくださいな」

「裁きを付けてくださいな、旦那さん」

 

困り切ったドン・ジュアン

「何の説明をする必要があるんですか、私が実際に約束したのはひとりだけですよ。私がいよいよ結婚する段になればおのずとわかろうというもんじゃないですか」

と言いつつ

二人の女に交互に

「私が愛しているのはあなただけですよ」

と囁き

 

「あ、ちょっと用事があるから。十五分もしたら戻ってきます」

と言って逃げてしまった。

 

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あの方が好きなのはあたしよ!

そんなわけないでしょ、お嫁さんになるのはあたしよ!

 

やり合う二人の娘に、やれやれといった調子でスガナレルが言い聞かせた。

 

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「ほんとにまあ、二人とも可哀想に。娘さんたち、良くお聞き。さっきみたいな話にうつつを抜かすもんじゃないよ。村にじっとしておいで」

さらに彼は続けた。

「うちの旦那はイカサマ師さ。これまで何人も騙してきた、結婚詐欺の親玉……」

しかし、そこへドン・ジュアンが戻って来てしまったので

スガナレルは慌てて言い繕った。

「……っていうのは真っ赤な嘘です。旦那様は立派なお方!私が請け合います!」

 

そこへ

護衛の剣客ラ・ラメーが駆けつけて来て注進した。

騎馬の者が十二名、ご主人様を探しているようです!大変危険なので一刻も早く当地をお引き上げになるのがよろしいかと存じます!」

 

ドン・ジュアンはシャルロットとマチュリーヌに別れを告げた。

 

「急な用事でこの地を離れなければならなくなりました。が、さっきの約束を忘れないでください。明日の夕方ごろまでにはきっとお便りをさしあげます!」

 

一方、スガナレルに向かっては

「多勢に無勢だからな。災難を避けるために、おい、おまえがおれの着物を着ろ」

と非情なことを命じるのだった。

 

 

第三幕

 

舞台は森の中。

 

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スガナレルのアイデアで、ドン・ジュアンは田舎づくり、スガナレルは医者の恰好に変装している。

 

質屋から調達したこの医者の服のおかげで、スガナレルは百姓たちから本物の医者と勘違いされたため

あてずっぽうに診察し、でたらめに薬を処方してやったらしい。

 

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その話を聞き

神を信じないと同じくらい、医者も信用していないドン・ジュアンは皮肉を言った。

 

「本物の医者どもだって、お前と同様、病人を治す力なんかありゃしない。医術なんてまやかしだからな」

 

スガナレルが訊ねた。

「神も信じない、医者も信じない、それじゃあ旦那様は一体、なにをお信じになるんですか?」

 

「おれが信じるのは、二足す二は四、四足す四は八、これさ」

 

そんな主人に呆れながら

スガナレルは、想像主の存在を本当に信じないのですか?そんな考えでいるといまに地獄に落ちますぞと語った。

 

そうこうしているうち

彼らは道に迷ってしまっていた。

 

貧者のフランシスクが通りかかったので

二人は彼に道をたずね

街へ出る道を教えてもらった。

 

お礼として施しを願ってきた貧者に向かい、ドン・ジュアンは訊ねた。

「おまえはいつも森の中で何をしているんだ?」

 

「わたくしに施しをくださる方々の繁栄を、明け暮れ祈っております」

 

それを聞いたドン・ジュアンは小馬鹿にするように

「そんなに神にお祈りをささげているのにこんなに貧しい暮らしをしているのか」

そして、鼻で笑いながらこう言った。

「そんなら神様を呪って見ろ。1ルイ金貨をくれてやる」

 

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「いいえ、旦那様、それなら飢え死にした方がましでございます」

そう答えた貧者に向かい、ドン・ジュアン

「人類愛のためだ。これはお前にくれてやる」

そう言って金貨を与えたのだった。

 

その時

 

彼方で

一人の男が三人の追いはぎに襲われているらしい様子が視界に入ってきた。

 

「三人がかりで一人を襲うとはなんと卑怯な!

これは見捨てておけぬ!

 

そちらに飛び込んでいったドン・ジュアン

 

襲われている男に助太刀をし

たちまちのうちに、三人の追いはぎどもを蹴散らしてしまった。

 

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助けた男は

ドン・カルロという騎士だった。

 

彼は、弟や従者たちとはぐれた所を、追いはぎどもに襲われてしまったらしい。

 

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彼はドン・ジュアンに心から礼を述べた。

「お力添えのおかげで助かりました。義侠仁慈なこのお働きに、ぜひ、お礼を述べさせてください」

「いやいや、礼には及びませぬ」

 

二人でなごやかに語り合っているうちに

実は彼はドーヌ・エルヴィールの兄で、修道女であった妹が誘惑されておびき出され、挙句の果てに捨てられたというのを

「わが一族に対する大いなる侮辱」

ととらえ、敵討ちをするために「ドン・ジュアン」なる男を探しにやって来た

ということがわかってきてしまった。

 

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「私は一度も会ったことが無いのですが、弟から様子を聞く限りでは、そのドン・ジュアンなる者、評判ははなはだ悪く、暮らしぶりときたら……」

 

「あ、暫くご容赦いただきたい。実はそのドン・ジュアンいう男は私の友人の一人なのです。ですからそれ以上の悪口は……」

 

「命の恩人の貴殿が、あのドン・ジュアンのご友人だとは!」

 

「貴殿らのお顔が立つように、あの男に償いをさせるよう、連れてきてあげましょう。これ以上あいつをお探しになるまでもありません」

 

そんな事を言ってドン・カルロスを言いくるめようとしていたドン・ジュアンだったが

 

間もなく

彼の弟

ドン・アロンズと三人の従者たちに

バッタリと出くわしてしまった。

 

「ややや、兄上、何たることですか!

不倶戴天の敵とこうして共におられるとは!」

 

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「不倶戴天の敵?」

 

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バレてしまっては仕方がない。

「いかにも拙者がドン・ジュアンだ。二人を敵に回そうと、名を偽るような拙者ではない!」

 

「おのれ~、悪党め、覚悟をいたせ!」

 

「待て待て、弟よ、待ってくれ!」

 

ドン・カルロスはいきりたつ弟を制すると、

先ほどドン・ジュアンに危うい所を助けてもらったという経緯を話して聞かせ、

この恩義に報いるために、彼に一日の猶予を与えようではないか

と提案した。

 

不服顔のドン・アロンズだったが、兄に淳淳と説得され、渋々ながらに承知した。

 

ドン・カルロスが言った。

ドン・ジュアン殿、受けたご恩はここにこうしてお返し申す。他のすべてはご自分で判断されよ」

 

 

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兄弟と従者たちが去った後

 

怯えて隠れていたスガナレルが現れ、ドン・ジュアン

「横着、無礼、臆病者!」と叱られてしまった。

 

ドン・ジュアンは先ほど別れたドン・カルロスを立派な男だと讃え

あれと仲たがいしたのは残念だと言いながら

 

「しかし、あいつの妹のドーヌ・エルヴィールにはすっかり冷めたよ。色恋にかけては自由でいたいおれにとって、やっぱり結婚は向いていないんだわ」

 

 

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やがて彼らの目の前に

立派な建物が見えて来た。

 

「あの素晴らしい建物は何だ?」

 

「あれは、以前旦那様が決闘の末にお倒しになった騎士の墓でございます」

 

実は、ドン・ジュアン

六か月前にある騎士と決闘し、殺していたのだった。

 

「なるほど、一つ見てみようじゃないか」

 

二人は霊廟の中に入って行った。

 

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中には堂々たる騎士の石像が。

 

「ああ、見事な ものですねえ」

「生きている間ロクでもない住居で我慢していた男が、死んでからこんな立派な住処を欲しがるなんて、ほとほと感心しちまうね」

 

「これが騎士の像でございます……こちらを睨んでおります……ああ、ぞっとする……」

 

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「ふふん、オツに澄ましてやがる。おい、スガナレル、こいつにおれと一緒に晩飯をやりに来ないかと訊いてみろ」

「えええ~、ご冗談を」

「訊けというに」

 

スガナレルはしぶしぶ石像に話しかけてみた。

 

「あのー、騎士様、うちのご主人がご一緒に晩餐をなさりたいと申しておられるのですが……」

 

その時

石像がこくりと頷いた。

 

ひゃーっ!像が動きました!」

「馬鹿いうな」

 

「本当です、ためしにご自分で話しかけてください」

 

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ドン・ジュアン

「騎士殿、拙宅に晩餐においで願えませんか?」

と話しかけると

 

像はまたしても頷いた。

 

恐れおののくスガナレル。

 

しかしドン・ジュアンはそれくらいの事、平気の平左なのである。

 

 

 

第四幕

 

舞台はドン・ジュアンの居間。

 

 

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 石像が動いたことについて

 

神様が旦那様の暮らしぶりに怒って

改心させようとなさっているんですよ!

 

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そう主張するスガナレル。

 

しかしドン・ジュアンはうるさがって取り合わない。

 

そうこうしているうちに

召使のラ・ヴィオレットがやって来て告げた。

 

御出入り商人のディマンシュさんが借金の取り立てにやって来て、一時間も前から座り込んでいます」

 

ドン・ジュアン

「こちらに通しなさい。おれはびた一文払わずに奴らを追い返す秘訣を心得ているからな」

 

ラ・ヴィオレットともう一人の召使ラゴタン、スガナレルが見守る中

 

部屋に通したディマンシュ氏に

ドン・ジュアンは下にも置かぬもてなしぶり。

 

「私の第一の親友、ディマンシュさんようこそ。

いや~いつ見てもご壮健でいらっしゃる。最近いかかですか?お家の方々は」

彼は立て板に水の勢いで話しかけ

ディマンシュ氏が借金の返済を言い出す隙を与えない

 

 

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「旦那様、ご厚意ありがとうございます、ところで……」

さあさあさあ、ディマンシュさんのお帰りだ、誰か四、五人お供しなさい」

「いや、独りで大丈夫でございます。ときに……」

「私は心からあなたのものです。あなたのためなら、たとえ火の中水の中。

では、ごきげんよう

 

ディマンシュ氏はスガナレルに愚痴をこぼした。

「あんなにちやほや丁寧にされますと、お金の話など切り出せませんわい。スガナレルさん、あなたから一言、旦那に申し上げておいてくださいな」

「ええ、心配ご無用。きれいに払ってくださいますよ」

 

「ときにスガナレルさん、あなたの方にも少しばかり貸しがありましたよね?」

 

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そう言われた途端

スガナレルはディマンシュ氏を戸口から押しやり、こう言うのだった。

 

「おとといおいで!」

 

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ほどなくして

 

ラ・ヴィオレットがドン・ジュアンの父、ドン・ルイの来訪を告げた。

 

やって来た父は息子に向かい

長々と説教を食らわせた

 

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「お前の非行の数々次から次へと重ねる悪行には愛想が尽きるわ。

家柄にふさわしからぬその所業、恥ずかしいと思わんか!

こんな事では、わしゃご先祖様に顔向けできぬ。

不肖の子よよく聞け、父の慈愛ももう愛想が尽きておる。

お前が思っているより早く、その乱行にとどめを刺してみせよう。

神様のお怒りが落ちる前に、

わしがお前を懲らしめてやるからな!

 

父が出て行ったあと

 

ドン・ジュアン

「さあさあ、とっとと死んでくれ」

と悪態をついた。

 

 

すると今度はラゴタンがやって来て

ドーヌ・エルヴィールの来訪を告げた。

 

ヴェールを被ったドーヌ・エルヴィールは泣きながら語った。

 

ドン・ジュアン様、私はもう世を捨てる覚悟がつきました。今はすでにあなたへの情欲の念は一切ございません。

ただ、あなた様に対しての聖らかな情け、解脱した愛から申し上げます。

神様がわたくしの心に触れ、

あなたさまにこう伝えよとお告げになりました。

度重なるあなたの御罪過には

神様もお情けが尽き果て、

恐ろしいお怒りが今にも頭上に落ちようとしています。

それを避けたいと思召しましたら、

すみやかに悔い改めてくださいませ」

 

 

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彼女はそう告げると、

ドン・ジュアン

「もう夜が更けたから、ここへお泊りになりませんか」

という申し出を断って帰って行った。

 

「おいおい、おれはまたあの女にちょっと未練が出て来たよ」

「あのお方のお言葉も、旦那様には全然効き目が無かったんですね……」

「さあさ、晩飯、晩飯」

「かしこまりました」

 

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食事が始まった時、何者かが戸を叩く音がした。

スガナレルが見に行き、青い顔をして戻って来た。

「どうした?」

あれがやってまいりました!」

 

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あれとは、石像の騎士の事である。

ところが肝の据わったドン・ジュアンは驚きもしない。

 

彼は騎士像を食卓に招き入れ、席と食事を勧めるのだった。

 

騎士像が言った。

ドン・ジュアン殿、明日拙宅に食事にお招きしたい」

 

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「よろしい、行きましょう」

 

騎士像がもう帰るというので、スガナレルに灯りを持たせようとしたところ、騎士像はこう言って辞退した。

「神に導かれるものに、灯りなど必要ない」

 

 

 

第五幕

 

舞台は町の入り口に近い田舎道。

 

 

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ドン・ジュアンが父に向って言う。

 

「私は神様のお導きにより、

すっかり改心いたしました。

もう昨日までのような自堕落な私ではありません。

父上、私が師と仰ぐべきお方を父上のおめがねで選んでください。

そのお方の指導により、これからしっかりやって行こうと思います」

 

それを聞いた父は

「おお、息子よ。嬉し涙が出るわい」

と大喜びである。

 

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しかし

それはドン・ジュアン

心からの改心などではない。

 

彼はこれから

偽善者になろうと思っただけなのだった。

 

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彼の本心を聞き、スガナレルは呆れてしまった。

 

「旦那様は善人ヅラがなさりたい、って事なんですか?」

 

悪いか?他にも猫っ被りして善人ぶって世間をたぶらかしてる人間はいくらでもいるんだぜ。偽善者稼業は一番得さ。

他の悪徳はみんなから攻撃され放題に非難されるだろうが、偽善だけは特別扱い。

他人の行状をあれこれ貶しつけ、

おれだけは絶対に正しいって顔をするのさ。

ちょっとでも生意気な口を利くやつがいたら絶対に許さん。いつまでも根に持って恨み続け、天に代わって仕返ししてやる。

これが利口なやり方ってもんさ」

 

「旦那様、地獄に落ちますよ……」

「ふふん」

 

そこにドーヌ・エルヴィールの兄、ドン・カルロスが来かかった。

 

「これはドン・ジュアン殿、ちょうど良い所においでなされた。

私はやはり、ここはひとつ穏便に済ませたいと思うのです。

つきましては、我が妹をあなたの妻だと公然とお認め下されば、すべて丸く収まろうと言うものですが」

 

それに対してドン・ジュアンは偽善者口調でこう返した。

 

「ああ、出来る事ならおっしゃる通りにしたい所でしたが……妹さんと私は同時に神様からの霊感を授かったのです。

妹さんは世を捨てる覚悟をなさり、私は今までの暮らしを改め、これからは清く正しく生きることに決めました」

 

「いや、ドン・ジュアン殿、正しい妻を持つ事はそのご立派な決心と違うものではないのでは?

そもそも、妹が出家するのをそのままにしてしまっては、あなたから妹、ならびに我が一門に侮辱を加えられたため、と、世間が受け取る恐れがあります。

ここは我が一門の名誉にかけても、ぜひとも妹と共に暮らしてもらわねば」

 

「ああ~、そうできればどんなに良い事か。

しかし、天のお声が妹さんには決して心を掛けてはならぬ、一緒に暮らしなどしたら救いはあり得ぬぞ、と仰せなのです」

 

「そんな話で、この私に引き下がれと申されるのか!?」

 

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「これも全て神様の思し召しですから。

恨むなら神様を恨むがよろしい

 

「ようくわかった。場所が場所ゆえ今ここで果し合いはせぬが、いずれ改めてお目にかかるとしよう!」

 

「お好きにどうぞ。しかし、私は果し合いなどする気は無い。

神様が禁じられていますからな。

それでも、どうしても打ちかかってこようと言うのなら、それはその時の話」

 

「よし、その時の話だ!」

 

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ドン・カルロスが立ち去った後

 

スガナレルがぼやいた。

 

「旦那様、最低ですよ。

これなら昔の旦那様の方がまだマシでした。

こんな極悪なやり方、今まで大目に見てくださった神様だって、もうお許し下さるまい」

 

神様がそんな几帳面かよ。そんな、人間が何かするたびごとにいちいち……」

 

その時

 

スガナレルは前方にヴェールを被った女の幽霊がいるのに気が付いた。

 

「旦那様、これぞ神様からのお諭しです!」

 

幽霊は言った。

 

ドン・ジュアンよ、神の御慈悲にすがるのならば、

いますぐ悔い改めるのです。

そうしなければ、たちどころにあなたは破滅しましょう」

 

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「聞き覚えのある声だな。────亡霊か、妖怪か、悪魔か、その正体を見届けてやる」

 

その時。

 

亡霊の姿が

 

鎌を手にした「時」(老いて死んでゆく、時間というものの神格化)へと変化した。

 

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怯えるスガナレル。

 

しかしドン・ジュアンはあくまで強気である。

「現身か亡霊か、剣で試してやる!」

 

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彼が切りつけようとする間に

亡霊は飛び去って行ってしまった。

 

「旦那様、もうわかったでしょう?一刻も早く心を入れ替えてくださいよ」

 

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「何が起ころうと、後悔なんかするもんか。さあ、ついてこい」

 

そこに今度は、

騎士の石像が現れた。

 

「待て、ドン・ジュアン!」

 

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石像は言った。

 

「貴殿、拙宅に食事に来られると言われたな」

 

「さよう。どちらへ参ったらよろしいかな?」

「手をお貸し頂きたい」

 

ドン・ジュアンが「さあ」と言って手を差し伸べた所。

 

ドン・ジュアンよ、

罪業が重なれば不吉な死を招く。

天の恵みを拒絶すれば、

雷が頭上に落ちるであろう」

 

「ああああ、なんという気持ちだ、目には見えない火で焼かれているようだ。ああああ、体中が燃えるようだ」

 

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ピシャーン!

 

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雷がドン・ジュアンの頭上に落ちた。

 

大地が裂けて

ドン・ジュアンを飲み込んだ。

 

そこから噴き出す

大きな炎。

 

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 あとに残されたのは

 

スガナレルがただ一人。

 

「あの方が死んで

これでみんなは満足だろう。

 

穢された神様も、犯された掟も、騙された娘も、侮辱された一家も、恥をかかされた両親も、間違いをしでかした女房も、面目をつぶされたご亭主も

 

みーんなご満悦だろうけれど、

おれ一人だけが可哀想。

 

長年勤めあげたその挙句

不信心なご主人様が恐ろしい罰を受けるのを見なくちゃならないなんて。

 

……それにしても

……おれの給料……俺の給料はどうしてくれるんだ~!」

 

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   おわり

 

--------

 


いやはや。

 

色男の代名詞として使われている

ドン・ジュアン(ドン・ファン)ですが

 

彼の物語の結末がこんなに悲惨なものであったとは

私は思いもよりませんでした。

 

ちょっとビックリしてしまいますね。

 

 

この物語は起源は前述しましたように

スペインに伝わる色男伝説です。

 

伝説の内容は

「女好きの貴族ドン・ファンが貴族の娘をたらし込み、

その父親を殺した後、訪れた墓場で戯れにその石像を宴会に招待した。

すると石像は本当に宴会に現れ、

現場をパニックに陥れたあげく、

主人公は地獄に引き込まれて死んでしまう」

というもの。

 

これを一番最初に戯曲化したのは

スペイン人のお坊さん

ティルソ・デ・モリナ(本名ガブリエル・テレス)でした。

 

1630年に発表されたその時のタイトルは

「セヴィラの女たらしと石の招客」

 

それがやがてイタリアに伝わり

チコニーニ、ジリベルトらのイタリア人作家によって

本格的喜劇

「石の招客」へと発展していきました。

(チコニーニの作品は1650年以前、ジリベルトの方は1652年には完成しています)

 

1658年

それがイタリア人劇団によって

即興劇としてフランスに紹介されたところ

大当たり!

 

そこから

いくつかのフランス版が作られることになりました。

 

ドリモン1659年

同じころにヴィリエも戯曲を作ります。

タイトルは共に

「石像の宴」またの名を「罪の子」

 

騎士像が喋り出したり

ラストシーンで主人公が雷に打たれたり

そんな演出の面白さもあって

観客に受けていました。

 

さて

 

1665年

劇団主催者兼役者

そして芝居作者のモリエール

国王陛下に気に入られ

脂の乗り切っていた時期にありました。

 

しかし彼は

前年に発表した会心の大作

「タルチュフ」(宗教を食い物にするペテン師を劇中で叩いています)が

宗教家たちからの激しい突き上げに遭い

上演禁止に追い込まれてしまっていました。

 

その上

私生活上や健康上での不安も多く抱え

劇場を閉ざしがちの日々。

 

しかし

劇団員たちの生活を支えなければならないし

このまま芝居をやらないでいては

ライバル劇団に負けてしまう。

 

そこで急遽

「手っ取り早く、面白い芝居を作らねば」

という事で思い立ったのが

この当時流行していたドン・ジュアン」劇の新しい脚色

というわけでした。

 

これまでの芝居で見られていた

ただ単なる女たらしとしてのドン・ジュアン像に

様々な性格的な肉付け(短所もあれば長所もある)がされ、面白みを増したこの作品は

 

果たして

観客たちに大いに受けまくりました。

 

モリエール劇団として画期的な大成功!!

初演以来15回も上演されたのですが

 

ここでまたしても宗教家たちからの

大ブーイング攻撃に遭い

それ以上は上演できなくなってしまいました。

 

以来、この作品は

モリエールの生存中はおろか

1841年にオデオン座が取り上げるまで

 

実に170年以上もの間

上演されることが無かったのです。

 

宗教家たちの神経を逆撫でした部分は

 

敬虔な信心者を装いながら

神や正義を盾にして、陰でずるい事をしているような

偽善者たちを皮肉った所

のようですが

 

それにしても

 

一つの作品を170年以上もの間

封印させ続けていたという

 

偽善者たちのその執念

社会に及ぼす影響力には

 

そら恐ろしいものがありますね……。

 

 

 

 

 

ドン・ジュアン (岩波文庫)

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こちらは私の小説になります。よろしくお願いいたします。

 

台風スウェル

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