TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

ウィリアム・サローヤン「ヒューマン・コメディ」~珠玉のセリフが心に沁みる名作です。

 

今回はアメリカの作家

ウィリアム・サローヤン(1908-1981)の小説

「ヒューマン・コメディ」

の、ご紹介をいたします。

 

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 「人間喜劇」というタイトルでも知られているこの中編小説は

1943年

サローヤン35歳の時の作。

 

郷愁を感じさせる、しみじみと心暖まる物語は

今日、彼の代表作と言われています。

 

以前、彼の短編集「ディア・ベイビー」をご紹介した時にも書いたのですが

私の高校時代、英語の教科書に「ヒューマン・コメディ」の文章が使われていました。

 

メキシコ移民の小母さんがホーマー少年にくれた、サボテンキャンディのイメージだけがやけに強く残ったまま、数十年もの時が経ち

このたび、ようやくこの小説を読んだわけですが

 

淡々とした筆致で描かれる

この世の哀しみ、人間の愛おしさ

作者の人生観に裏打ちされた心に響くセリフの数々……

 

やっぱりサローヤンは私の

好みの「ど真ん中」

であることを、改めて認識した次第です。

 

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ネタバレを回避しつつ

内容をご説明します。

 

舞台は第二次世界大戦中。

カリフォルニア州にあるイサカという町───

(作者サローヤンの故郷、フレズノがモデル)

 

そこに暮らす人々がオムニバス形式で次々に主人公になるのですが

全体を通して一番の主人公的立場にあるのが

14歳の少年

ホーマー・マコーリーです。

 

父親を亡くし、兄を兵隊にとられたマコーリー家で

貧しい家計を助けるために

ホーマーは学校が終わった後、深夜になるまで電報配達の仕事をしています。

 

 

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彼が届ける電報は

嬉しい報せばかりならいいのですが

時には

届けるのがためらわれるほどの悲しい報せもあったりして……

 

中でも

出征兵士の死亡通知などは

ホーマーにとっても他人事ではない、切実な思いがあるだけに

配達するのにも非常な精神的痛みを感じています。

 

「男は大人になったら泣かないものだと思ってたけど、ほんとは大人になってから泣きはじめるんだね。

大人になっていろんなことが分かってくるから、泣くんだなって思った」

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「分かってくることっていうのは、ほとんど全部、いやなことか悲しいことなんだね」

 

苦しい胸の内を打ち明けるホーマーに対し

彼の優しい母親は、次のように応えます。

 

「きっと、おまえを泣かせたのは哀れみでしょう。哀れみがなければ一人前の男とはいえないのよ。この世の痛みを思って泣いたことのない人は、人間として半人前なの。

そしてね、この世から痛みが消えることはないのよ。

でも、それが分かっていても、絶望する必要は無いのよ。いい人間は痛みをなくそうと努力するの。

愚かな人間は自分の痛み以外は、痛みが存在することに気付きもしない。

そして運悪くよこしまな人間は、どこへ行っても、傷口を広げたり痛みを撒き散らすようなことばかりするのよ。

でも、どんな人にも罪は無いのよ。

だって、生まれてきたくて生まれる人はいないし、まっさらの状態で生まれる人もいないんですもの。

人は人から生まれるんですからね。よこしまな人も、自分がよこしまなつもりはないと思うわ。運が悪いだけなのよ。

さあ、おまえはもののわかる人間でしょ、ごはんをお上がり」

 

 

年端も行かない子供ながらに

父や兄の代わりとなって一家を守らなければと頑張っているホーマー。

 

そんな彼を周囲の大人たちは、優しい眼差しで見守ってくれています。(一部の不届きものを除き)


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物語では 

このホーマー少年の他にも

 

彼の弟で、あどけない4歳児のユリシーズ

ホーマーから「ガキ大将」としてのポジションを譲り受けた新聞売りの少年オーギー

そして

電報局のスパングラー局長

アルメニア移民の商店主アラおじさんなどなど

 

イサカの町に生きている人々のエピソードが

それぞれの視点から展開されています。

 

 一人一人に哀歓のドラマがあり

ヤンチャな子供たちの可愛らしい、笑えるようなエピソードもあり

 

特別華やかな事は無いけれど

しみじみとした愛おしき日常 ───

 

しかしながら

 

 戦争は

この町の人々の上にも

否応なく、重苦しい影を落としてきます……

 

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主人公のホーマー少年には

12歳から電報配達や新聞販売をして家計を支えてきたという

サローヤン自身の姿が

重ね合わせられていると思われます。

 

家が貧しかったため

年端も行かない子供のうちから働きに出て、家族を養わなければならなかったという彼の生い立ちは

私が敬愛している吉川英治と、非常に似通ったところがあるように感じました。

(吉川英治も11歳でハンコ屋に奉公に出されています)

 

宮本武蔵の作中で

武蔵と弟子の城太郎伊織(二人とも幼くして親元を離れた少年)それぞれに、吉川英治自身の投影が見られるように

 

この作品ではホーマー少年だけではなく

彼を暖かな眼差しで見守っている大人たち───

とりわけスパングラー局長に、作者自身の投影があるように感じました。

 

子供ながらに頑張って頑張って

たくさん我慢をして

苦労を味わい尽くしてきた

あの日あの時の自分自身に

 

大人になった自分から

少しでも優しい言葉を掛けてあげたい ───

 

そんな思いがあるように感じます。

 

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この作品は

サローヤン自身がメガホンを取るつもりで書いた、映画の脚本が元になっているそうです。

 

ところが

監督させてもらえなかったために

すっかり腹を立ててしまい

 

映画公開のその年(1943年)

加筆して小説として発表した

なんて経緯があるんだそうですよ。(^^;)

 

 

そんなゴタゴタがありながらも

映画版の「ヒューマン・コメディ」(邦題「町の人気者」)は

原作部門で見事アカデミー賞を獲得しています。

 

さすがですね!

 

 

近年では2015年にも

女優のメグ・ライアンが監督となって

「Ithaca(イサカ)」

(邦題「涙のメッセンジャー 14歳の約束」)

というタイトルで映画化されているみたいですよ。

 

 

 

 

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 関連記事のご案内(アメリカ文学)

 

 

サローヤン「ディア・ベイビー」について

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 「マーク・トウェイン短編集」について

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todawara.hatenablog.com

 

 

 

こちらは私の本になります。よろしくお願いいたします。

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