TODAWARABLOG

戸田蕨です。小説書いてます。よろしくお願いします。

短編小説「MOON LIGHT SERENADE -月影小夜曲-」

ようやく秋らしい涼風が吹き始めてきました。

 

今回は

「ザ・秋!」

という感じの短編小説を書いてみました。

 

 

 

 

MOON LIGHT 

SERENADE

 -月影小夜曲-

 

 

 

 

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 月影仄かな青い夜。

 繁華街の喧騒から遠く離れた川沿いの小道に、くすんだ煉瓦造りの建物が並んでいる。

 通称「ガス灯通り」──その昔、このあたりで初めてガスの明かりが点ったところである。

 今は電球に変わった街路灯が、暗い川面に橙色の明かりを揺らめかせている。

 

 

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 二階にあるバーの窓から、舗道の柳や街路灯を見下ろしながら、かつてモダンボーイ、モダンガールを誇っていた老人たちが、思い思いにグラスを傾けていた。

 

「ここは、いつまでも変わらんねえ」

 グレーのチョッキを着た絵描きのタイジさんがカウンター席でしみじみと呟くと、隣で八百屋のゲンさんが相槌を打つ。

「ここは五十年前のまんまだよ。このカウンターも、マスターも、窓から見える橋のあたりも」

 琥珀色の明かりの中、彼らはふと、古びた硝子窓に目を向ける。

 彼らの視線の先では、藍色の夜に抱かれながら、川をまたいだ石造りのアーチ橋が人気もなくひっそりと佇んでいた。

 

    

 

 石橋の上で、透明な秋風がつむじを巻いている。

 会社帰り風の青年と娘は、橋のたもとまで来たところで、ふと、歩みを止めた。

「…………不思議だな」

 ぼんやりとした顔で青年が呟くと、その横で娘が怪訝そうに白い首を傾げた。

「どうしたんですか?」

 再び歩き出した青年は、

「ここでいつか、君と二人で、こんな風に星を見上げていた事があったような気がするんです」

 そう言いながら欄干に寄りかかると、瞳を藍色の夜空に彷徨わせた。

 案の定。

 娘は困ったような笑顔を浮かべ、呆れたように肩をすくめている。

「なに言ってるんですか。私たち、今日会ったばっかりじゃないですか」

 サァッと空気を掠めながら、二人の横を車が通り過ぎていく。

 川辺に伸びた柳の枝が、風にさらさら揺れている。

「そうやって、いつも新入りの派遣社員を口説いてるんですね?」

「ち、ちがうって。僕はただね…………」

 あたふたと慌て始めた青年を見つめながら、娘は白い手で口元を抑え、ふふふふふ……と笑い出した。

 

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「あの橋のあたり、昔はよく野良猫たちが逢引きしていたものよねえ」

 カウンターに頬杖をつきながら、葡萄色のカーディガンを羽織った老婦人──マドンナ格のサユリさんが、思い出すような瞳で言うと、マスターを始め、そこにいた老人たちは

「そうそう」

「そうだったねえ」

と相槌を打った。

  くぐもるような音で流れ始めた曲は「I'm Getting Sentimental Over You(センチになって)」。

 年季の入ったレコード盤はボツボツと雑音だらけである。

 けれど、それに文句をつけるものなど、ここには誰もいない。

 

 

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「昔は野良猫だらけだったよなあ」

 タイジさんが言うと、ゲンさんが苦笑いをした。

「春になるとニャーゴニャーゴうるさくってよ」

「今はずいぶん静かになったねえ」

 三つ揃えで洒落こんでいる洋品店のトクゾウさんが、水割りグラス片手に、

「いつ頃からか……もう、二、三十年ぐらいにはなるかね、あいつらもパッタリ見なくなったねえ」

 首を傾げると

 タイジさんは、

「猫の世界にも流行ってもんがあるんだろう。この街はノラ猫どもにとっても時代遅れっていう訳さ」

 そう言って肩をすくめた。

 老人たちのほろ苦い笑いが、琥珀色の店内に漂う。

 

 

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 シャカシャカシャカ……

 シェーカーを振りながら、マスターが苦笑した。

「時代遅れ……。そう、だからもう、ここも店じまいってわけさ」

 一同の驚いたような目が、彼に集中した。

 

 ここ数年間に進められている再開発の波は、昔ながらの街並を、モダンで合理的で無機質な未来都市へと塗り変えていく。

 「おれもいい加減、歳だしね。そろそろ隠居して遊んで暮らす事にするよ」

 マスターがそう言いながらグラスにマティーニを注ぐのを見つめながら、ゲンさんは低く呟いた。

「……寂しいねえ」

 

 ふつっ……と会話が途切れる。

 老人たちはそれぞれの過去に思いを馳せた。

 

 

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 この街が活気に溢れていた時代。

 色とりどりの紙吹雪が舞う中、大通りで行われた映画スター達の大パレードには、誰もが仕事を途中で放っぽり出して、飛んで見に行ったものだ。

 ダンスパーティーは毎晩どこかしらで開かれていたし、このガス灯通りでも、大道芸人たちのジャグリングや軽業に、人だまりがいくつも出来ていたのだ。

 

 

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  何時の頃からか、百貨店が、映画館が、一つまた一つと消えていき、人々の足は遠のいて、通りを駆け抜けるものは、ただ、落ち葉と風ばかりになっていた。

 

    

 

「おや」

 ゲンさんが外を見ながら呟いた。

「今夜は珍しく、猫が二匹来てるじゃぁないか」

 かなり酔っているらしい彼の背中を、タイジさんが呆れながら叩く。

「ゲンちゃん、ありゃぁ人間の若い衆だよ。猫じゃぁない」

 一同の間にさざ波のような笑いが広がった。

「ゲンちゃんたら、ボケがきちゃってんじゃないの?」

「いやだねェ」

 

    

 

 藍色の空に、ぽっかり浮かぶ白く月。

 

 欄干に肘を乗せながら、青年と娘は先ほどから、あれやこれやと他愛のないおしゃべりを交わし合い、互いの心を急接近させていた。

 

 

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「本当なんだよ。この場所も君も、何だか不思議と懐かしいんだ」

 ふと、青年は月を見上げる。

 同じように月を見上げながら、娘はうっとりとした瞳で頷いた。

「私もそんな気がしてきたわ……。あなたといると、橋も川も月も星も、なぜだかみんな懐かしい……」

 

 川面に魚がポチャンと跳ねた。

 

 石橋の上に落ちている二人の影には、

 ピンと立った三角耳と長い尻尾が付いていた……。

 

 

        おわり

 

 

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