今回もまた
お奉行様根岸鎮護(やすもり)の集めた巷話集
「耳嚢」から怪異譚をご紹介いたします。
───とは申しましても、今度のお話は怪談話ではなく
神として崇められる霊獣であっても粗暴過ぎる者にはかなわないという
稲荷狐にまつわるお話です。
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「妖気、強勇に勝てない事」
これはわしが人から聞いた話なんだがの……
土屋候の在所の家来に
小室甚五郎という剛勇の男がいたそうだ。
この者は鉄砲撃ちを好み、猟を趣味にしていた。
一方
この土地には、人々が官妙院と呼んでいる狐がいた。
その妻である女狐はお竹。
土地の人々は稲荷神社を造り
この狐たちを尊んでいたそうだ。
ところがある時
甚五郎はその妻狐のお竹を撃ち殺し
料理して食べてしまったのだ。
それからほどなくして
土浦城下にほど近い
他所の領に住んでいる百姓の女房に
夫狐の官妙院が取り憑いて
甚五郎の事を恨み罵った。
女房の夫と村の人々が
「道理の通らぬ狐だな。
甚五郎に恨みがあるのなら甚五郎に取りつけば良いようなものの、
なんで関係もない他所の領のもんに取りつくんだべ!」
と責め訊ねた所
官妙院狐はこう言うのだった。
「わが妻を殺して食ったほど凶暴な甚五郎になど、どうして取りつくことが出来るものか。
土浦領に入る事すら恐ろしくてたまらぬゆえ、おぬしの女房に取りついたのじゃ。
頼む、どうか甚五郎めを殺してくれ」
土浦領に知り合いがいるという者がその話を伝えた所
やがてそれが
甚五郎の耳に伝わった。
甚五郎は
「憎い畜生の仕業よ!!」
と怒り、
頭役人に届け出ると
その村方に赴き
「不届きな畜生め。他領の者を苦しめる不届きさよ。
どうしてもこのまま取り憑いていようものなら、殿様へ申し立て、百姓たちがお前のために建てた社も壊し、
何日かかってもおまえを必ず撃ち殺してやるぞ!!」
と激しく罵った。
さらに稲荷神社にも赴いて行って
同じように罵った所
女房に取りついていた狐は
たちまちにして去っていった。
そして
その後は何事も起こらなかったそうな。
めでたしめでたし。
(完)
「強勇」というよりは
神として祀られているような狐を
へっちゃらで食べてしまうあたり
甚五郎はむしろ
野蛮人なんじゃないかという気が……。(-"-;)
官妙院狐もなんだか不憫だし
殺されちゃったお竹が可哀想ですよね……。
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